|
カウンセリングにも用いられる応接室には沈黙が降りた。 波留は攻め手を休め、無言のままにソウタに視線を注いでいる。これ以上の言葉を費やしてしまえば、現時点で脅迫と受け取られる可能性が生じてしまう。それは藪蛇と言う奴だった。 視線の先のソウタもまた黙り込んでいる。厳しい表情を浮かべ、波留を見ていた。彼は脳内にて言葉を選んでいる。この事態を打破するための論理を構築しようとしていた。或いは、自分達の側が折れるべきなのか――その可能性すら考慮すべきなのだろうかと思った。 そのふたりの間に、割り込んできた声があった。 「――ジャック・シルバーの現況と引き替えにしてもいいが?」 波留とソウタはその声に弾かれたように反応する。ふたりして、その声がした方を一斉に向いた。 介入元はソウタの隣だった。そこに腰掛けていた人物は相変わらずテーブルの上で手を組んでいる。しかし、視線を波留へと向けていた。顔の向きは微妙にずらしたまま、視線のみを対面の人物に寄越している。 声を聴いた直後、波留の驚きは義体の存在に向けられていた。今まで何も口を挟んで来なかったくせに、この時点でようやく発言してきたのだから。その事実そのものに彼は驚いていた。 だが、その驚きが引いてゆくに従い、また別の驚きが彼の中に去来する。 ――何故、この彼がそんな事を言ってくるのだ? 何故それが、僕への取引材料になると思ったのだ? そんな疑問が、彼の内部に渦巻き始めていた。 確かに俎上のメタルダイバー兼犯罪容疑者は、波留と関わり合いがあった人物である。彼は7月のテロを経て電理研調査部に拘禁されたが、確か今では調査部では確保していないと言う話だった。その情報を、波留は先のソウタからの依頼の際に訊かされていた。 しかしこの義体の口振りでは、それ以上の情報があるとでも言わんばかりである。それに、そもそも件の少年の去就について持ち掛けたのは、ソウタ以外には居なかった。なのに何故彼がそれを――。 そこまで考えた時点で、波留ははっとした。反射的にソウタに顔を向ける。勢い良く、年下の青年を見た。 ソウタの顔は歪んでいた。その顔を、隣の人物へと向けている。しかし、対面の人物から視線を注がれている事に気付いたのだろう。歪んだ顔のまま、ちらりと波留を見やった。 が、それも一瞬である。表情を堅くした彼は、すぐに視線を波留から外した。それでも隣の義体を見直すでもなく、テーブルに向かい俯く。 それらの反応に、波留は「ソウタ君から顔を背けられた」と判断した。それは彼の主観的な考え方とも言えない。客観的な事実なのだろう。 ――ジャック・シルバーの去就について僕に尋ねた相手は、ソウタ君のみだ。 正確には、あの時ソウタ君からの問い合わせが調査部に回っているのだから、調査部の人間も知ってはいるのかもしれない。 しかし、今ソウタ君は、僕から顔を背けた。つまり、彼には僕への負い目がある。それが何なのかと問われたら――。 その結論に、波留は愕然とした表情になった。瞠目し、奥歯が音を立てる。 ――ソウタ君が、彼に話したのだ。 そしてこんな事まで伝わっているとすれば、これまでの情報も全て、ソウタ君から彼に筒抜けになっているのだろう。そう考えるのが妥当だ。 無論、統括部長とその代理が緊密に連携を取る事自体は悪い事ではない。近い将来、部長としての立場を継承するとなれば、引き継ぎめいた事を行っていても当然だった。 それに、これまでもソウタ君は彼に色々と話を訊いている。僕は世間話の一環として、その事実を訊いてきていた。 その都度、「彼」は「先生」ではないのにと危惧を覚えていた。そして今回、それに関連する危惧が当たった事になるのだろうか――。 「――それとも…これは、あまり使いたくはない論法なのだがな」 介入者の発言は淡々と続いてゆく。まるで言い訳がましい台詞であり、それを敢えて発している。無表情の彼は、ちらりと対面の青年に視線を送った。紫がかった義体特有の瞳が波留を見る。 「私は、君の――親友なのだしな」 その言葉を耳にした瞬間、波留は声を上げそうになった。それはこれまでのような驚きと言うよりも、不快さが先に立った声色だった。しかし彼は、その声を感情毎、どうにか喉の奥に押し込めた。 台詞を投げ掛けた側も、冷たい視線を波留に送り続けている。発した単語の割に、その声色は凍り付いていた。言動に何の感情も込められていない。その単語そのものが有しているはずの親愛の感情など、論外だった。 波留は顔を歪め、その義体を睨み付ける。対する義体は無表情のまま、それを受け止めていた。その唇が僅かに動く。これまで通り、淡々とした声を発して行った。 「電理研統括部長として、君のこれまでのダイブログを全て徴収するよう、命じてもいいのだぞ?」 その宣告に、波留は息を飲んだ。この義体は、自らに与えられた肩書きを盾にして強硬手段を取ろうとしている。それを悟った。 だが、波留は顔を顰める。波留のメタルダイブの全てが電理研の管轄ではない。個人的なダイブも含まれている。なのに、その全てのログを徴収しようとするその行為には必ずしも正当性はない。権力を笠に着た暴挙との誹りを受けて然るべきだ。 黒髪の青年は、唇を歪める。その考えを、この義体に突き付けようとした。 「そんな行為に――」 「――法的根拠がない?」 その義体は、波留が言わんとした論旨を先んじて口にした。更に、波留の考えよりも明快な表現に変化させている。発言しつつも、義体は表情を変える様子もない。自分が振りかざそうとした論拠を自ら潰した割に、動揺らしきものは見られなかった。 彼はテーブルの上で両手を組み替える。一旦瞼を伏せ、その義眼を覆い隠す。そしてその瞼をゆっくりと開く。光を帯びた瞳が、波留をじっと見つめた。 「ならば――君が使用してきた事務所の所有名義は、私となっている。それを根拠にダイブ用サーバの所有権を主張し、その内部に保存されたログを差し押さえるべく訴えを起こそうか?」 義体の口から滔々と、最終宣告めいた声が、漏れた。 |