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告白する側は恐縮しつつも苦笑を浮かべ、告白を受け容れる側は仮面めいた微笑を湛えている。秘密の告白と言うあまり穏やかではない議題が展開されているはずの病室の空気は、不釣り合いなまでに和んでいた。 「――実は…僕が見たあなたの記憶は、それだけではないのです」 「あら。また何か、私はお恥ずかしいものをお見せしてしまったのかしら?」 波留は相変わらず照れたように笑い、俯いた状態で新たな告白をしてくる。そんな彼に対し、タカナミは余裕を持った表情を浮かべて応じた。 「まあ…これは別の意味でまずいかなと思うのですが…」 自らの首の後ろに回した波留の右手が、その付近をやんわりと擦っている。その度に結ばれた長髪が揺れ、右腕に当たっていた。俯いた目許にも前髪が垂れかかる。僅かに隠れる瞳は、相変わらず苦笑を浮かべていた。 「何かしら」 タカナミは興味を惹かれたように問い掛ける。すると、波留は右手を首から外した。解放された首を数度左右に振った後、タカナミに向き直る。苦笑を浮かべた顔を晒した後、右手を胸に当てた。そして、伏し目がちに一礼し、新たな告白を見せる。 「臨時の評議会の様子です。あなたの記憶を通して、議場の様子が僕に伝わって来てしまいました」 「…そう」 礼儀正しく繰り出された波留からの謝罪めいた告白に、タカナミはまたしても言葉少なく頷くばかりだった。その笑みも僅かに凍るが、消え去るには至らない。 評議会の全ての議事録は存在し、保存されているはずである。いずれは人工島島民に対しては、一定の手続きを経れば閲覧可能の文書として扱われる。それが民主主義を標榜する島の仕組みだった。だから、議事の様子を垣間見られたからと言って、建前としては黙認されても良いのかもしれない。 だが、あまりに直近の議事録は一般公開されていない。現在進行形の案件を扱っている議決が行われたものを一般に公開するのは、リスクが高いからだ。政治的思惑の前には、情報公開のレベルは変化する。それもまた民主主義と言う政体の一面である。 そういう意味では、波留が述べたように若干危うい記憶を見られてしまった事になる。機密扱いの情報を部外者に晒してしまったようなものなのだから。 「――どの、臨時の評議会かしら?」 ここで、タカナミはさりげなく尋ねる。今までの記憶同様に、具体的に確認しておくに越した事はないからだ。もし断片的に漏れただけならば、議題が何か特定出来ないのかもしれない。それならば、特別問題はないはずだった。 胸に手を当てたまま、波留は顔を上げる。口許にすっと笑みを走らせた。目を細め、右手へと視線を落とす。タカナミを見ないまま、口を開いた。 「気象分子プラントの稼働を巡る時のものです。異議の申し立ての時と、それが却下されて稼働が決議された時のものを…」 「――…そう…」 さらりとした口調で、波留はそう言い放った。しかしこの時点で、聞き手の女性の顔から笑みが消えた。 タカナミは軽く俯いた後、頷く。目を細め、思惟に浸る。 台詞内にて、波留は特に人名を挙げなかった。が、議場の様子を垣間見たならば、その出席者も把握しているはずだ。全員は無理にせよ、円卓の3名については記憶の内部でも目立っていただろうから――その記憶の持ち主は、そう考える。 自分は、その議場の様子を忘れていないのだから。「彼」の存在を記憶から抹消してはいないのだから。 タカナミは頬に右手を当てた。眼鏡のフレームが僅かに指先に当たる。そのレンズの奥で、瞳は僅かに沈んだ色を見せていた。 「…正直な所、それはあなたにとっては気分が良くない記憶だったでしょうね」 このタカナミの台詞は、本心からのものだった。あの時の評議会の光景を今になって見てしまったら、あまりにも醜悪だと思われても仕方ないだろう。特に、この波留真理と言う人物は、あの場で否定された人物の自他共に認める親友だったのだから。 「…まあ、それは否定しません」 果たして波留はそんな感想を漏らす。それでも、彼の口許からは苦笑は消え去る事はない。垣間見たであろうあの光景を、彼はあくまでも笑い話として過去に葬る心づもりなのだろうかと、タカナミは思う。 確かに件の出来事は既に過ぎ去っており、更には今となっては誤った判断だったと誰もが見做していた。現在では「彼」の主張が認められ、その名誉は回復された格好になっている。それを心の慰めとして波留が平静を保ってくれるのならば、当時あの議場にて「彼」を貶めた側としては、正直助かった。無論、その考え方は非常に姑息であるとは、タカナミも重々承知している。 苦笑を浮かべたままの波留は、首を横に振った。胸元に手を当てたままで礼儀正しい姿勢を崩さない。そして、唇が動いた。 「それと――後ひとつ」 「…随分と小出しになさるのね」 そのタカナミの台詞には、若干うんざりとした響きがあった。言葉自体にも婉曲的にそれを表明しているし、声色と言う部分でもその感情を隠そうとはしていなかった。 告白するならば、包み隠さずにはっきりと言って欲しい。漏れた記憶の内容についてこちらは明かされているのだ。折角覚悟して対応しているのにこうも小出しにされると、心臓に悪い部分も生じてくる。 どうも、妙に勿体ぶった風に芝居掛かって語られているような気がしてきた。しかし、この人物はそんな性格だったのだろうか?誠実で朗らかで、無意味に策など弄してこないと思っていたのだが、その認識に多少は修正を加えるべきなのだろうか?――現在のタカナミの内心には、そのような疑問符が付き纏っている。 波留はすっと顔を上げた。それでも一礼の姿勢は崩さない。視線を上向かせ、タカナミを見上げた。その瞳は相変わらず笑みを湛えている。だが、向き合う側には、何故かその瞳に宿る光の加減に変化を覚えた。 タカナミはそれを怪訝に思う。しかし波留は彼女の疑問など意に介していない様子のまま、唇がその言葉を紡いだ。 「久島が誘拐されたあの日の、あなたの記憶の一部です」 |