人工島の中学3年生の日々はなかなかに多忙である。2学期も終わりに近付く頃には尚更だった。
 今日、蒼井ミナモは学校には出席していない。終日を電理研付属メディカルセンターにて過ごす事になっていた。
 とは言え、診療や検査を受けに来たのではない。これもまた実習の一環だった。
 介助士を志している人間として、最低限の医療知識を得ておくに越した事はない。本格的な処置のためには医療系の資格を別に取得しなければならないが、その触り程度は介助士志望者への実習に組み込まれていた。
 実習生は中学3年生なのだから、将来の進路は未だ確定していない状態である。介助資格の他に医療資格を取ろうと望む人物も現れるかも知れず、多様な可能性を呈示すべくカリキュラムは設定されていた。
 ミナモの場合は介助実習を主にするために、この医療実習は短期間に集中させている。若干専門から外れている科目だが、逆に言えば相応の部分が被っている。そのためにミナモはこの実習においても手を抜かずに全力投球していた。
 介助士に関わる医療技術となると、応急手当の類になる。身体に不具合を持つ人間は、ちょっとした行為が致命的な事態を引き起こす事もある。それに即座に対応し救命措置を取り、必要ならば医療関係者に引き渡すのも介助士の役割だった。
 或いは各種検査を事前に把握し患者をサポートするのも重要だろう。患者に付き添い情報を適度に与え、抱えているであろう不安を緩和させる。精神的なケアも介助士の重要な能力と言えた。
 そんな実習の合間に設けられた休憩時間を、ミナモは待合室にて過ごしていた。
 平日の昼下がりには外来のピークは過ぎ去り、代わりに病院服を纏った入院患者らしき人間の姿がちらほら見える。彼らは特にミナモを気に留めない。
 一見して健康そうな制服姿の少女は、病院に酷く場違いと言う訳でもない。それに、彼女は実習生を表す腕章をつけていた。それらの外見から身分は保証されているため、誰何する必然性を誰も感じていなかった。
 ミナモは長ソファーに小さく腰掛け、手元の携帯端末を覗き込んでいる。そして彼女は、浮かない顔をしていた。その表情のままに、肩を揺らして溜息をつく。
 携帯端末の画面にはメールブラウザが開かれている。そこには着信しているメールが件名と送信者名を表示して羅列されていた。
 そこに並ぶのは、学校からの連絡メールや友人達からの適当な題名をつけられた他愛なさそうなメールである。下へとスクロールさせていっても、その状況は然程変化しない。時折兄や父からのメールが羅列の中に紛れ込んでいる程度だった。
 そんな画面をいくら眺めても状況は変化しない。新たなメールが届く事もなく、画面隅に表示されているデジタル時計の数値が2分進んだ頃にミナモはブラウザを閉じた。一際大袈裟に身体全体を揺らして溜息をつき、その拍子に両肘も伸びた。手にした端末を膝の上に突き出す格好になる。
 ――私って、こんなのばっかりって気がする。
 ブラウザを閉じて戻った待ち受け画面で走り回る犬の動画をぼんやりと眺めつつ、少女は内心、そうぼやいていた。
 ミナモが新着メールを待ちわびるのは今回に始まった事ではない。しかし今回待っている相手は、また別人だった。
 そのメールが届く際、送信者名は「久島永一朗」となっている。しかしその名義は、本来は適当ではない。少なくともミナモにとってはそうだった。
 でも、今はどうなのだろう。
 もう、それが本当になってしまうのだろうか?
 ――そんな疑念が、ミナモの中で渦巻いている。
 先日、久島のプライベートルームを訪れた際、ミナモはその部屋の主に「もう来ないで欲しい」と言い渡されていた。
 その要請に、少女は少なからずショックを受けた。しかし事情が事情なので仕方がない――そんな風に自らを半ば強引に納得させていた。
 そこで「メールならいいですよね?」と食い下がったのが、彼女である。それに対して相手側は確かに了承したはずだった。
 だからミナモは、こうして「彼」からのメールを待っている。
 だが、会談での約束から2日を経ている今になっても、一向に連絡はなかった。その現状に、少女の気分は沈む。
 もっとも、連絡を待つより自分からメールを出すべきではあるのかもしれない。そうすれば返信が来るかも知れなかった。そもそも「メールしますね」と言ったのは彼女自身なのだから。
 しかし世間話のようなメールを送るのは躊躇してしまう。「彼」が忙しそうなのは事実であり、それを邪魔するような割り込みを掛けたくはない。
 そうなると「用事もないのにメールを送るのはどうだろう」との遠慮に行き着く。現状、ミナモにはメールを送る口実が何もない。
 無論、怯えの感情がないとも言えない。「メールを送り続けても返ってこなかったらどうしよう」――その事実を突きつけられるのは怖かった。
 そしてその怯えは、今回に限った事ではない。ほんの2ヶ月前、彼女は黒髪の青年に対して同様の感情を抱いていた。
 結果、本音と建前が心中にて複雑に入り交じった状態で、ミナモは「彼」にメールを送る事が出来ていない。だから「彼」からのメールを待っているのだが、その願いは未だ叶えられていなかった。
 
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