早朝の会見は1時間足らずのうちに終了していた。
 淹れる紅茶も1杯のみで充分だった。多忙な書記長にはこれからの予定が存在するのだろう。だから早朝のうちに波留を襲撃したのだ。
 ふたりは用件を伝えて最小限の意見交換を経た後、とりあえず一旦保留と言う結論に至る。それ以上の議論は、現状では無意味である。
 ひとまず間を置く事にした。そうやって互いに考える時間を取り持てば何かが変わるかもしれない――おそらくは互いにそう思っているはずだった。自分に譲る意志はなく、相手側の譲歩を互いに待っている。
「――今回はあなたにとって不本意な訪問となってしまったかもしれませんが、いずれお会いしたかったのは本音です」
 玄関先にてタイプ・ホロンが控える中、タカナミは見送る波留にそう告げていた。
 それに、波留は首を傾げる。当初のやり取りは社交辞令ではないのだろうかと怪訝に思った。もっとも、面と向かって「社交辞令だ」と言い放つ人間が居る訳もない。政治家ならば尚更だった。
 疑問符を頭上に浮かべている青年に、書記長は微笑み掛ける。そして膝の前で両手を揃え、ゆっくりと腰を曲げた。
 徐々に頭が下がってゆき、黒褐色の髪が波留の前に晒される。その様子を、された側は僅かに困惑した表情で見届けていた。
「あなたがこの島を救って下さったのですから。島の英雄に、書記長として感謝の意を表します」
 人工島の第一人者が、一般島民に頭を下げている。この一幕を簡潔に言い表すならば、そんな感じだった。
 こうする事で、さりげなく相手の自尊心をくすぐってくる。流石は有能な政治家と言う所だろうか――波留はそんな風に漠然と思った。
 やはり酷い偏見を抱いているらしい――その対象はタカナミ当人だからこそなのか、それとも政治家と言うカテゴリの人材なのか。彼自身にもその辺りは良く判っていない。
 ともかく彼は、現状においてその高い評価を受け容れられない。自分はそんな大層な人間ではないと思っているような、謙虚な性格が第一の理由だった。
 また、別の理由も彼の心中に存在している。苦笑気味に、彼はそれを伝えた。
「…僕だけの仕事ではありませんよ。電理研のサポートがあっての事ですし、電力停止の交渉を成功させたあなた方の尽力こそが重大だったと考えています」
 それは波留にとって、本音そのものだった。誰も独りのみの力で、あの困難に打ち克てたとは思わない。誰が欠けてもあの成功はあり得なかったはずだった。
 眼前の男の態度に、書記長はゆっくりと頭を上げてゆく。その顔では目を細めていた。口元に笑みを浮かべて、その口を開く。
「――本当にあなたは、気持ちの良い性格の方ですね」
 タカナミの言葉に、波留は照れ笑いに至る。素直に誉められたものとして受け取る事にした。今までのやり取りを勘繰り続け、疲れたのも一因ではある。
 そんな彼に、タカナミは会釈する。次いで公的アンドロイドに目配せした。すると警備を担うそのアンドロイドが先んじて自動ドアをくぐってゆく。安全確保の任務を果たそうとしていた。
 スーツ姿の女性の背中に、波留は会釈し挨拶の言葉を述べる。礼儀の範囲を超えない態度だが、確かに爽やかな印象を醸し出していた。
 そこに、呟くような声が届いた。
「…本当に、久島さんが羨ましいわ」
 瞬間、思わず波留の顔から笑みが消える。唐突に挙がった名前に、思考が立ち止まった。
 一体、何を言われたのかと思った。そして、何を言いたいのだろうと、発言者の真意を把握しかねた。
 しかし問い直そうにも女性の背中は自動ドアの向こうへと消えてゆく。ガラス状の壁面に遮られた先では、女性は事務所の方を振り向こうとはしなかった。タイプ・ホロンに先導されて道路へと歩いてゆく。
 波留は無言でその背中を見送っている。
 彼の視界の向こうでは、爽やかな朝陽が降り注いでいた。その先に掲げられたCLOSEDの看板が陽光を弾いている。
 
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