開いた玄関からは、朝の爽やかな空気が流れ込んで来ている。
 12月とは言え、この島は温暖な気候を保っている。むしろ熱帯に位置しているはずなのだが、環境分子の働きにより気温は人間の過ごし易い状態に制御されていた。
 この事務所の位置は居住区ではないために、スマートマテリアルには保護されていない。つまり、雨は天候通りに降ってくる。しかし地上の島民の大多数が居を構える地区はいつもからっと晴れ上がっていた。それもまた、人工島が「楽園」と称される所以のひとつである。
「――ええと…とりあえず、彼女も事務所内に入れて頂けませんか?」
 朝の微風を受け容れた波留は生乾きの長髪を掻き上げつつ、タカナミにそう申し入れていた。
 乾かしている最中だった波留の髪は結ばれておらず、肩を覆う長さに落ち着いていた。髪を梳いた指の間には水気を感じる。酷く濡れる訳ではないが、乾いてはいなかった。
 そんな彼がちらりと来訪者の後ろを見やると、そこには別の女性が立っている。タカナミの斜め後ろに立つ彼女の姿からは、邪魔な印象は一切受けない。さりげなく存在を示してきていた。
「彼女は私のボディガードです。私が中であなたとお話している間、外で不審な動きがないか把握して貰おうと思っています」
 タカナミは微笑みを浮かべたまま、眼球運動のみで同伴者を一瞥する。それに呼応したかのように、その女性は頭を下げた。位置からして、タカナミと波留の両者に向けた礼と考えられる。
 そのままタカナミは同伴者の原則を述べた。それが「彼女」――人工島評議会書記長付きの公的アンドロイドに与えられた任務であるし、そのためにはタカナミが述べたような行動が理に適っていた。
 波留にもそれは理解は出来ていた。しかし、それを受け容れられる状況ではない。
「ええ…それは理解しているのですが…」
 彼は言葉を濁し、苦笑を浮かべる。視線で玄関先を薙ぎ払った。タカナミと公的アンドロイドの顔を走査した後、玄関先に掲げられている看板に至る。
 そして彼は溜息をついた。苦笑混じりに改めて口を開く。
「…この事務所、一応、開店休業って名目なんですよ」
 言いながら波留は右手を挙げて周りを指し示した。その手の動きをタカナミの視線が追う。
 ――評議会所属の制服を纏った公的アンドロイドの姿は非常に悪目立ちする。特に、閉鎖されているはずの施設の前に立っていては。
 只でさえ彼女らは、個人的に歩き回るはずがないのだ。なのにここに単独で立っているとすれば、中に誰かが居ると、通行人に推測されるだろう――。
 彼としては、言外にそう表明したつもりだった。そしてタカナミの視線の動きから、それが伝わった事を祈りたかった。
「…そうなのですか」
 果たしてタカナミは意外そうな声を上げていた。口許に右手を当てて感想めいた台詞を漏らした。
 ――英語で看板を掲げているのにそれを理解していないのだろうかと、波留としては勘繰りたくもなる。まさか言葉の意味が理解出来ない訳もないのだから、意図的に無視したのだろうか?
 ともあれ、タカナミは膝の前で手を合わせて頭を下げる。
「失礼致しました。あなたの勧めに従いましょう」
「ありがとうございます、書記長」
「ですが…いっそ営業を再開なさっても宜しいのでは?あなたの力を求める有力者は、この島にたくさん居ますよ。私もいずれは、あなたのお力をお借りしたいものですし」
 書記長からの申し出に、波留は曖昧な笑みを浮かべた。述べた当事者は心からの賛辞のつもりだったにせよ、彼にしてみたらお世辞めいた甘言に過ぎなかった。
 一方で彼は、その台詞にタカナミの意図を汲み取った。
 つまり、あの看板は建前にすらなっていない。事務所の存在を知っている人間からの依頼は随時受け付けている。あの看板は、単に一見さんお断り的な意味で置いているのだろう――書記長はそう思い込んでいたのだろう。
 酷い思い込みだと彼は思う。しかし、実際につい最近、電理研から依頼を受けていたのは事実である。
 曖昧な態度を取り続けているのは、自分自身なのだ。波留にはその自覚はあった。
 
[next][back]

[RD2ndS top] [RD top] [SITE top]