現在この一帯のメタルは、波留によってマスクが掛けられていた。
 波留のメタルダイバーとしての能力を用いられ、ゲート上に偽装用レイヤーが被せられている。彼は周辺の海から算出された海水データを作成し、ゲートの海域に紛れ込ませた。
 そうする事でメタルの視覚データは改竄され、座標データにも算出は不可能となる。結果、ゲートの存在が完全に隠蔽されてしまった格好になっていた。
 この改竄を察知するには、相当高い技能を持つメタルダイバーか技術者でなければ無理だろう。そして隠蔽の解除には、更に高い技術力を要する事になる。
波留真理と言う人物は世界レベルでも随一のメタルダイバーであり、その彼が構築したのがこのマスクである。それが破られる可能性は無きに等しい。
 この隠蔽工作により、とりあえず「アイリス」への手掛かりは消し去った格好になる。あのアーティストがメタルに繋がる痕跡は、このメタルコミュニティのみだった。そこを隠してしまえば、一攫千金の山師からは護れるはずだった。
 一方、「アイリス」当人のログインは、アドレスを直に指定すれば可能である。メタルダイバーではない「彼」は、波留のようにメタルダイブを経てゲートをくぐってログインする手法は取らない。マスクされる以前に該当コミュニティのアドレスを取得している人間は、マスクの影響を受けないものだった。
 それは波留も同様である。今後ここにアクセスする場合は、メタルダイブではなく敢えて通常の接続を用いた方が、第三者に解析の糸口を掴ませないだろう。何もない海域をメタルダイバーが彷徨っている姿を目撃されては、何かを勘繰られる可能性も高いのだから。
 作業を終えた波留は、バイザーの向こうで深い溜息をついた。ここでの彼の姿はアバターである。意識としての彼の心境が、アバターの身体に表れていた。
 最高レベルのメタルダイバーたる彼にとっても、見掛け程容易い仕事ではなかった。物事に絶対は無いとは言え、出来る限りその「絶対」を目指して偽装を試みたのだ。
 それも「アイリス」を護るためである。引いては、自分の安易な考えからのミスを修正するためでもあった。
 ――調査報告書を提出したからと言って、全てが終わった気になっていたのか。
 いくらやる気を失わせる出来事が発生したからと言って、メタルに繋がなかったのは失敗だった。確かに脳を休ませる必要はあったが、結局はそれを言い訳に使って逃げていただけだ。
 その間に「アイリス」を大変な目に遭わせてしまっている。自分を信用してくれたはずの人物を。表には出たがっていないはずのアーティストを。
 波留は、これ以上の騒ぎを引き起こすだけの燃料は与えない覚悟だった。その一方で、これまでの騒ぎがそう簡単に収まる訳がないとも理解している。
 ――僕は、どうしようもない馬鹿だ。
 波留は両手に拳を作り出し、力を込める。握り締めてゆくと、保護グローブが海水音に紛れて微かな音を立てた。バイザーの奥では唇を噛み締めている。
 どうして根拠無く、いい気になっていたのか?ダイブ能力は確かに高いのかもしれない。しかし、それが全てではないのだ――。
 眉間には皺が深く刻まれてゆく。自らの3日間の不在が、致命的な事態を引き起こしている。その事実を後悔し、それをもたらした自身の浅慮を恥じた。
 彼の眼前の海は静かに漂っている。それは偽装マスクの海水も、本来の海水も、同様だった。
 
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