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脳の休息を徹底するとの大いなる建前と気分が乗らないとの幾許かの本音とが、波留をメタルから丸1日以上遠ざけていた。しかし人工島に生きる人間としては、それ以上のメタルからの隔絶は避けるべきだった。 店主であるフジワラ兄弟は現在、電理研に詰めてショップ兼自宅には不在である。彼らへの定時連絡は、店を預かる立場として、やらねばならなかった。 一方で、この店へと様々な物品を補充してくれる各業者への連絡も必要である。或いは自宅においても、宅配業者からのメールを考慮しなければならない。「メールと言う通信手段は対面や通話と異なり時間に拘束されない」との建前はあるにせよ、多忙な現代社会の人間が利用する以上は返信期限は1日程度に抑える事が望ましかった。 朝食を終えた月曜朝9時頃、旧事務所に滞在したままの波留は億劫な気分のまま久々にメールチェックを実行した。並ぶメールについては、タイトルを斜め読みした上で店舗の業務関係のメールのみを優先して処理するつもりだった。 そんな頃合いに丁度、新着メールが彼のメールボックスに届いてきた。波留はそれを一瞥する。 時間帯からして、メールが着信するのはおかしくはない。業務を開始した業者が朝一で連絡を寄越す事もあるのだから。 しかしその新着フラグつきのメールにタイトルは無かった。その一方で、送信者名は「蒼井ミナモ」とある。 電脳にてメタルに接続しつつも、リアルの波留は思わず首を捻る。今日は平日なのだから、今の時間の彼女は中学校にて授業を受けているはずだった。 未電脳化者であるミナモは、他の人間と違い携帯端末を介さないとメールの送信も出来ない。いくら小さい端末とは言え、授業中に密かにいじるには割とリスクが高い行為だろう。他の生徒は電脳内の授業用ダイアログに隠れてこっそりとメールブラウザを起動してやり取りを行えるにせよ、彼女は違うのだ。 それとも今日は実習日で通学時間がずれているのか、或いはスケジュール違いで休日なのだろうか?中学3年生の彼女はもう学校で受ける授業も少なくなっていると訊いていた。それが人工島の義務教育カリキュラムらしい。20世紀中に教育を受けた彼にはなかなか実感が湧かない話だった。 ――ミナモさんは真面目な方だから、授業中にメールなんか送る訳がない。そもそも、彼の中でそれは大前提だった。教師に見つかるかどうかという問題ではなく、そんな行為自体を恥ずべきものだと認識しているだろうと思っていた。 彼の知る少女への推測はともかく現実には確かにメールが着信している。その事実に興味を惹かれた波留は、何気なくそのメールを開いた。 そのメールは、タイトルが無題ならば、本文も1行のみだった。しかしその1文の内容を把握した波留は徐々に目を見開いてゆく。 ――あのアーティストさんって、エイミじゃなくてアイリスって人なんですか? メールブラウザに開かれたメールには、そう表示されていた。 |