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以上のような実体験を、ミナモは友人ふたりに説明した。半ば愚痴混じりで要領を得ない部分もある語りだったが、友人達は真相を知るよりもまずミナモの大変さを理解しようと努めていた。そして愚痴混じりが故に、その面での意志疎通は万全だった。 「――本当に大変だったみたいだねえ…」 長い説明が終わるとミナモの言葉が途切れた。そして彼女はまた机に突っ伏している。それを上から眺めつつ、サヤカは気遣うような声を掛けていた。 鞄の上に被さって突っ伏しているミナモはぐったりと脱力している。 だったら無理に登校しなくてもいいだろうに、先生も事情判ってくれるだろうし、何よりもう卒業間近で特に受けなきゃいけない授業って訳でもないのに――サヤカはそんな感想を抱いてしまうのだが、このミナモと言う少女のある意味の生真面目さを想い出す。 例えば、出された宿題はいい加減な気持ちでこなそうとはしないし、苦手と言いつつ数学の問題も全力で取り組み悩みながら答えを編み出している。それぞれ努力の成果が報われているかは別の問題として、適当にこなすと言う芸当が出来ない少女なのだろう。 そんなミナモが病気でもないのに学校を休むなんて事を良しとする訳がない。確かに、元気なのに登校しなかった事もあるがそれは電理研の依頼絡みだった。通達は行われていたのだから、それはずる休みではない。 何にでも全力投球だからこそ、色々な事に首を突っ込む傾向にある。そうやって、あの人物との付き合いも深めていったのではないか?――不意に、サヤカの脳裏にあの黒髪の青年の姿がよぎっていった。 ――放課後には、まずそっちに愚痴るのかなあ。それとも愚痴なんか訊かせたくないのかなあ――茶髪の少女はそんな事を思う。もし後者ならば、自分達が気の置けない親友として、この愚痴を受け止めてあげなければならないだろう。そして、少々の気晴らしを与えてあげなければ――。 そこまで考えた時点で、サヤカに閃きが訪れる。途端、満面の笑みを浮かべた。屈み込み、突っ伏したままのミナモの顔付近に自分のそれを近付け、話しかける。 「――だったら、ニャモにメタルの面白い話教えてあげるよ」 その声に、ミナモのリボンがぴくりと動いた。次いで、突っ伏していた顔が動く。鞄の上の顔がずれ、上目遣いにサヤカを見上げた。 無言のままだったが、態度は雄弁である。どうやらサヤカの発言に興味を惹かれたようだった。それでも、いつものようにあからさまに食いついてこない。疲れている気分を紛らわせるような代物なのか、窺うような態度だった。 彼女のリボンを見下ろしつつ、サヤカは快活な口調で続ける。 「ニャモ、そんな状況ならメタルに繋いだりメールチェックとかしてないでしょ」 ミナモは無言で頷いた。未電脳化者である彼女は元々メタルにはあまり接続しない。それに、前述のように、何しろ昨日は取材攻勢などで面倒臭かった。それにホロンからもメールなどを無視するよう勧められていた。 だからペーパーインターフェイスを一晩放置し、朝になって一応メールチェックだけはしたが、メールボックスには大したメールは到着していなかった。ホロンからの申し送りのメールがあった程度だった。 ミナモは今朝、それ以上の端末操作は全くしていない。ニュースチェックもせずに自分の分の朝食を作って食べ、通学してきていた。 「じゃ、面白いログ持ってきたから、端末出して」 サヤカは笑顔を浮かべてそんな事を言い、右手を突き出した。ミナモはその手を無造作に眺める。電通を要求してきているとは理解している。 やがて、ミナモは身体を起こした。緩慢な動きでもぞもぞと鞄を漁る。そこから取り出したピンクの端末を起動し、サヤカの右手の前にかざした。 「――サヤカちゃん、一体何なの?」 「じゃあユキノにも送るよ」 傍らの少女も興味を惹かれたらしく、サヤカに訊いてくる。それにサヤカも応じた。右手からミナモに送信すると同時に、左手をユキノの方へと突き出す。両手から同時に同じログを送信してゆく。 数秒後、小さく軽い電子音が響き、送信完了を示す。ミナモはそれを聴き、端末をそっと剥がした。未電脳化者である彼女の場合、端末の画面の文章を目視しなければその情報は理解出来ない。視線をやった先に表示されている日本語の文章の羅列を読む事にした。 その隣から、可愛らしい声がある一言を漏らした。 「――…イリス?」 「…え?」 途端、ミナモは怪訝そうな声を上げる。視線を端末から声のした方へと巡らせる。そこには少々ふくよかな少女が立っていて、目を細めたまま口元に手を当てていた。 「そ、イリス。そんなハンドルのメタルアーティストが居たのよ」 ユキノの呟きにサヤカは反応し、説明を重ねてゆく。 |