週明けの月曜の朝、人工島中学校の3-Aに登校してきた蒼井ミナモは、自らの席に鞄を無造作に下ろした後に大きな溜息をついていた。それは外観からもとても判り易い動作で、息を付いた音もやけに大きい。
「――何、ニャモ。お疲れ?」
 そんな様子を間近で見たサヤカが声を掛けてくる。彼女にミナモは視線を寄越す。その瞳には、若干どんよりとした瞳を帯びている。確かに疲れているらしい。
「…何かもう、気疲れする事ばっかりで…」
 ミナモはぼやきつつも友人からの指摘を肯定し、椅子を引いて席に着く。そのままの勢いで上体を鞄の上に被せ、もろともに伸びた。その動作にもやはり溜息を付随させてくる。
「今日ここに来るまでにも、普段話しかけてこない子が色々訊いてくるし…もう私、何も知らないってのに…」
 伸びた両手をぱたぱたと揺らしながら、ミナモはそんな事を言う。鞄ごと机に突っ伏した格好のため、その表情は他者には見て取れない。が、おそらくは相当にうんざり来ている顔をしているのだろう。それを思うと、サヤカの笑みも引きつりがちなものとなる。
「その分じゃ、昨日も色々あった?」
 サヤカがそう問いかけてみると、ミナモの頭上のリボンが揺れた。どうやら突っ伏したまま無言で頷いたらしい。
「――ミナモちゃん、おはよ…」
 そこにユキノが遅れて現れるが、挨拶を言い掛けた状態で右手を口元に当てて口篭もる。普段の快活なイメージとは全く異なるミナモの姿を目にし、ユキノなりに驚いたらしかった。
 いつもながら細い目を更に困ったように細め、ユキノはサヤカを伺い見る。その態度にサヤカは苦笑を深めた。無言のままに目と目で会話する。現在の想いとミナモへの推測を共有するには、電通さえも必要なかった。
 ミナモの兄は現在電理研のみならず人工島、或いは世界レベルで渦中の人となっていた。
 今後の彼の去就が様々な事例を左右する。そしてその去就は更に、ある人物の行動に大きく依存するのだ。
 その未来への布石を人々は知りたがるが、電理研のマスコミ対策は万全だった。更には評議会が協力してきており、末端の所属職員に至るまで余計な事を喋らせないようにガードしてきているのだから、正攻法では最早崩しようがない。
 となると、ガードが薄くなりがちな電理研外の身内に目が行くのは自然な話である。今回の場合そのターゲットには、電理研職員の父や人工島不在の母よりも、単なる中学3年生に過ぎない妹が適当だった。
 ジャーナリストの矜持として、取材対象者への配慮はかかせない事になっている。しかしそんな矜持などスクープへの欲望の前には消し飛んでしまう記者は、古今東西少なくない。そんなハイエナ達がこの一昼夜に蔓延る羽目になっていた。
 が、流石に直近の身内である。電理研も評議会も、いくらかのガードは彼女に対しても含めていた。
 昨日、リアルで突撃取材を敢行しようとした記者は、いつの間にかに少女の周辺に立っていたタイプ・ホロンに阻止されていた。そのホロンはその記者の身元をすぐに割り出し、それから半ば脅しつけるように「部長代理への取材はあくまでも電理研広報を通して下さいますよう御願い申し上げます」と、アンドロイドらしい慇懃無礼全開の態度で対応したのだ。
 タイプ・ホロンはアンドロイドであり、その意志は彼女らを配備した人間達直属の元となる。つまり、この少女に取材を敢行すれば、電理研や評議会の不興を買いかねない――そう推測が成り立つのである。
 かくしてミナモは一定の騒ぎを経て、その全てから解放された。
 ちなみにメタルでの取材攻勢もあるにはあったのだが、そこは彼女が未電脳化者である事実が天然の防壁を打ち立てていた。つまり、リアルの騒動を知った後にはペーパーインターフェイスを一切見なかったのである。そんな風に1日放置しておけば、メールの方も電理研の対処が完了してしまっていた。
 リアルとメタル双方において、電理研と評議会を完全に敵に回してまで取材を敢行しようとする骨のあるジャーナリストは居なかった。或いは居るのかもしれないが、その手の人物には「矜持」と言う奴が身に付いており、ミナモを巻き込もうとはしていなかった。とりあえず、昨日の時点ではそのような状況である。
 職業ジャーナリストからは解放されたが、電理研は一般人までを阻止してくれる訳ではない。それは過剰防衛に過ぎるからだ。
 今朝のミナモの場合、流石に通学中の水上バスにて見ず知らずの誰かに声を掛けられる事はなかった。しかし、校門を通ると今まで会話した事もない生徒から興味津々な様子で話しかけられたりしていた。
 ミナモが記憶する限りでは、件の少女達は確かに同じ学内の生徒ではあるが、クラスが違えば授業を共にした覚えもない。そんな女子生徒にいきなり「久島部長、電理研辞めるの!?」だの「お兄さんどうなるの!?」だのと勢い込んで訊かれたのである。
 ミナモとしては、訊かれても答えを知らない以上どうしようもない。彼女は困ったようにその旨を答えていた。
 自らの所属クラスである3-Aまで辿り着くまでにその手の突撃を受けたのは、両手で数え切れる程度の回数である。酷く困る状況ではないが、鬱陶しく感じるには充分だった。
 もっとも、ミナモ個人としては、話しかけてきた単なる学友達をそこまで邪険にするつもりはなかった。そもそもミナモ自身が、言わば突貫娘である。彼女自身、それを認めている。もし自分が同じような立場に置かれたら、手掛かりを知る子に訊きに行ったような気がした。
 それに今回突撃してきた少女達もそれなりに態度は弁えている。ミナモの「知らない」との返答にはそれ以上食い下がろうとはしていない。「色々あるだろうけど頑張ってね」とか付け加えてくれた生徒も、少なからず居る。
 以上の理由から、ミナモの中では今朝の騒動はまだ許せる状態だった。
 そして昨日の騒動からは、電理研なり評議会なりが相変わらずガードしてくれているらしい。通学途中に記者らしき姿が見えなかった事からも、その措置をミナモとしても考えついていた。
 それらの前提があれば、何とかこれからも平穏無事な日常を暮らせそうだ――ミナモはそんな事を思っていた。大体、彼女自身は何ら変化していないのだから。
 
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