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互いに席を立った事で、今回の訪問は終焉へと向かおうとしていた。 そして義体が表明しミナモが追随したように、ひとまずは今回でふたりのリアルでの対面には終止符が打たれるはずだった。メールや電通でならば人目に付かないが、ミナモは未電脳化者であるのだから、ほぼリアル同様に相手と会話可能となるアバター通信でのやり取りは不可能である。このような対面状態での付き合いは以降御無沙汰になるだろうと思われた。 やがて、ふたりはどちらからともなく手を解く。それが握手の終わりを告げていた。 不意にミナモは膝を曲げて屈み込む。テーブルの上にあるカップの蔓に指を絡ませ、持ち上げた。その縁に口を付ける。一気に傾けてくいっと飲み込んだ。 そんな少女の行為を、義体は呆気に取られたような雰囲気を湛えて見やっていた。あまり礼儀正しい行為とは思えなかったからである。 彼が発する微妙な空気を、当の少女は気にも留めない。カップを下ろして一息ついた後、照れ臭そうに笑う。 「――はい、美味しいです。お姉さんにそうお伝え下さい」 ミナモが告げたその台詞に、久島の義体は目を瞬かせた。――そう言えば彼女は、今回の紅茶にあまり口を付けていなかった事を想い出す。 去り際に味見がてらに飲み干したのだろうか。残すのが礼儀に反すると感じたのだろうか。それと、果たしてこの状況で飲み干すのと、どちらが礼儀に悖る行為なのだろうか、どう判断したのだろうか――彼の脳裏にはそんな想いがよぎっていた。 しかし、実際に彼が声に出したのは、それらの指摘ではなかった。 「…そうだろうな。私が淹れた訳ではないからな、今回は」 彼の何処か暗い声に、ミナモは顔を上げる。口を僅かに開き、何かを言い掛けた。しかし、言葉は続かない。言葉に詰まったのではなく、敢えて彼女自身が言い淀んだのかもしれなかった。 ともかく、ミナモは口を噤む。両手を胸の前に持ってきて押し黙った。 そんな彼女を前にして、今度は義体が膝を曲げて屈み込んでいた。彼もテーブルの上へと手を伸ばしている。 しかし彼の場合はティーカップを飛び越え、中央に置かれている袋へと至っている。その袋の口を、傍らに置かれたままだった金属製の留め金で縛っていた。 「――このお茶請けは、ありがたく頂こう」 「…はい」 ミナモははにかみ頷いた。そこに意識を向けたからだろうか、僅かに生姜の香りが漂ってきた気がした。 「私の手作りだから、お口に合えばいいんですけど」 俯いて久島の作業を見つめるミナモの口から、そんな感想が漏れていた。それに、義体は手を止める。ちらりと上目遣いに、少女を見上げていた。 手元の作業はほぼ終了している。袋の口を縛り、その上から留め金を絡めて捻っていた。多少の器用さを必要とする行為かもしれないが、彼はそつなくこなしている。留め金はきっちりと袋を縛っていて、解ける様子は見られなかった。 不意に、ミナモを見上げる義体の唇が動いた。 「…合わせるさ」 ミナモは久島の義体が僅かに微笑んだ気がした。しかしそれはどういう意味合いの笑みなのか、良く判らなかった。 そもそも本当に笑ったのかも判らないのだ。結局は、自分自身が彼に対して何を思ったのか――それを写し鏡のように見せられているだけなのかもしれなかった。 そしてそんな考えに至ってしまった自分を、ミナモはとても意外に思った。それは、他の人間が「AI」と言う人工物に対して抱く反応だったはずだからである。彼ら曰く、AIやアンドロイドは「人」ではない。感情を持たず、人間が望む行動を取るだけだ。故に、彼らの「行動」は人間の想いを反映する――。 その考え方を脳内にて反芻したミナモは、瞼を伏せた。視界にある義体の表情を、自らの認識から遮断した。 そんな少女の表情の変化を、義体は只見据えていた。 |