|
評議会書記長と電理研統括部長の会談は秘密裏に終了していた。 互いの秘書を同席させる事もなく、完全にふたりきりでの通話だった。情報が漏れる危険を避けるため、ログの保存もしていない。互いの自己責任で会話内容を録音している可能性はあったが、サーバ上のログが存在しない以上、録音データの信憑性は著しく下落する。 タカナミの視界には、遠くに扉がある。今は独りきりで席に着いていた。既にアバター空間としての応接間からはログアウトしており、書記長執務室へと感覚を取り戻している。 脳内に記憶された先程の会談内容を、タカナミは反芻している。 昨晩以降の現状は、彼女自身にとってはあまり良くない。それを認めざるを得ない。 7月の動乱は確かに人工島にとっては痛手だったが、12月を迎えた今ではそれを乗り切りつつあった。そしてその動乱を生き残った島の支配者は、彼女のみである。ひとりは失脚し、もうひとりはテロに倒れたのだから。 消去法ではあったが、彼女はかろうじて信任を受けている。他に頼れる立場の人間が居ないからだ。電理研統括部長の地位は代理が引き継ぎ、諮問委員長には新たな人間が着任した。「人工島3巨頭」の座は再び埋められては居るのだが、独り継続状態にあるタカナミ書記長に互するには、他の2名では未だ実力不足と見られていた。 「久島永一朗」の復活は、その彼女が半年で築き上げ守ってきた体制をぶち壊しにするには充分過ぎるインパクトだった。 久島永一朗と言う人物は神格化された存在である。如何にタカナミが実績を重ねようとも、彼と本格的に争う事になるのならば、相当の苦戦を強いられるだろう。 健在だった頃の久島も確かにタカナミの政敵ではあったが、電理研と言う別組織における別の地位にあった人物である。人工島支配を巡っては権限争いを行うと同時に、互いの役割を補佐して共存の道を歩んでもいた。 しかし、仮に彼と書記長と言う地位を争うとすれば、それは完全なる敵同士になる事を意味する。正に権力闘争を行わなければならない状況に追い込まれる。 そして、その戦いにおいて、タカナミの勝ち目は薄い。冷静に状況を判断すれば、彼女の結論はどうしてもそこに落ち着いてしまう。 しかしながら、敵に回すのが「久島永一朗」当人ならば、彼女としてはまだ諦めがついた。 彼の偉大さはタカナミ当人も認めている。政治家としての有能さも、20年間で充分に理解していた。確かに彼は厳密には「政治家」ではなかったが、現代社会で高い地位に居る人間にはどうしても政治力が付き纏い、それを上手く行使しなければその地位を守れないものである。そして久島と言う人物はその条件を充分に満たしていた。 タカナミは戦う前から負けを認めるつもりはさらさらないが、死力を尽くした末に結果として敗北したなら、その事実を受け容れるつもりだった。 ここで敗北したからと言って、一切の政治家としての道が潰える訳ではない。久島に較べて彼女はまだ歳若い。復活のチャンスはこれからも存在するはずであり、何も人工島書記長に執着し続けなくとも構わないのだ。 ところが、復活を遂げた久島は「久島」ではない。彼女はそれを知っていた。 偉大な人物の「偽物」が堂々と表舞台に現れておきながら、自分はそれを当人のように扱わなければならないのか?そしてその偽物には自由意志があり自らを偽っているのならばともかく、実情は電理研の傀儡に過ぎないと言うのに? しかし、「彼」は久島永一朗の記憶と知識を受け継いでいる。そういう意味では完全に「偽物」とも言い切れない。しかし、確実に当人ではないのだ。 ――それとも、世間の人々にとっては、彼もまた「久島永一朗」なのだろうか?久島永一朗を求める人間達は、その要素を引き継いだAIを久島と認めるのかもしれない。 人間は、AIに見たいものを見出す。 AI達に自由意志はない。彼らは鏡のように人間を映し出す。それが人間が生み出した道具たるAIと言う存在である。それが大原則であるはずだった。 その一方で、AIに人格を認めてしまう人間も居る事を、タカナミは実体験として想い出していた。 その想い出が脳裏に去来した瞬間、書記長は思わず唇を噛み締める。それは彼女にとって、とても苦い想い出であると同時に、既に過去へと追いやった出来事だった。 |