12月5日の夕方に、電理研によって仕掛けられた「久島永一朗の意識回復と復帰、彼自身からの勇退の意思表明」の会見は、人工島の内外を揺るがした。
 何せ、メタル経由の会見ではなく、リアルに姿を見せての事だったのだ。会見に招待され出席出来たジャーナリストの数は限られてはいたが、彼ら自身が久島の存在の証人となった。
 むしろ電理研としては、それが狙いだったのだろう。少なくとも「アバターで再構築した偽物」と言う謗りからは逃れられるからである。
 もっとも、2061年現在の科学技術の最前線を往く電理研である。リアルにおいてもいくらでも仕込みようはあるだろう。例えば、久島部長の容貌を踏襲した義体を用いる可能性はある。久島当人も全身義体だった以上、それを流用すれば容易なのだ。
 しかし、逆説的に言えば「義体だからと言って、果たして彼は久島当人ではないのか?」――その問題提起は不可能だった。当人だろうがそうでなかろうが、「義体」には違いないのだから。
 となれば、最も原始的な方法で判断する他ない。つまりは仕草や口調から示される態度から、真偽を読み取る。言ってしまえば「勘」と言う概念に落とし込まれる話だった。そしてそれは、主観的で曖昧な概念である。反証はいくらでも可能だった。
 結果として世界中のメタルコミュニティやリアルにおいて、議論百出した一晩が過ぎてゆく。しかしその殆どの論争は無為に終わった。人々は新たな判断材料を求める一方、疑う事に飽きたか馬鹿馬鹿しくなったのか、素直に「復帰」を喜ぶ向きも着実に増加して行った。
 ――電理研は、久島部長の存在を偽ろうと思えば何時でも出来たはずである。何故今更になってこんな暴挙に出るのか?最早「統括部長代理」体制に委譲してしまったのに、部長が復帰してきても混乱の種を生むだけだ。
 ならば、本当に今、部長は目覚めたのではないか?部長が目覚めたのならば、正式に退任していない彼を無視は出来ない。情報公開の意味合いも込めて、彼を表に出したのではないか?
 ――いや、そう思わせ信憑性を与える事こそが、電理研の狙いだとすれば?何せ来年初頭、人工島では書記長選が開催される。今の情勢は現職有利であり、電理研内部にはそれを嫌う動きがあるのではないのか?それこそ、偽物を立ててでもそれを阻止したい急進派が裏で仕組んだとすれば――?
 様々な憶測を生み続ける中でも一致しているのは、人工島の株価の急騰だった。地球上の各国のマーケットが夜明けを迎えて開かれてゆくと、それぞれが一斉に反応してゆく。
 「久島の復帰」は企業体としての人工島にとって、かなりのプラス評価とされていた。あたかも、7月の誘拐事件の際に株価が急落したのと合わせ鏡となる事態だった。
 渦中の統括部長と、人工島評議会書記長を務めるエリカ・パトリシア・タカナミの会談が執り行われたのは、そんな動乱の最中だった。
 
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