「――久々に見たけど、久島さん元気そうじゃん」 全世界に向けた会見が終了した後、人工島の旧メインストリートに店舗を構えるアンティーク・ガルにて、神子元サヤカはそんな感想を友人達に漏らしていた。 今回の会見は電理研が島民の電脳へと半ば強制的に配信している。無論、配信を受けても無視して打ち切る事も可能だったが、結局彼女はそのまま最後まで視聴した格好となっていた。 「あの事件でブレインダウンしたって訊いてたけど、回復するもんなんだねー」 サヤカはそう言い、腕を組んでうんうんと頷く。彼女はメタルを満喫する15歳の中学生としての標準を外れない少女であり、メタルの専門知識は持ち得ていない。それでも「ブレインダウンとは怖いもの」という最低限の知識はあった。曰く、陥ったが最後、早急に対処しなければいくら電理研の救助を受けても意識が回復する可能性は著しく低くなる。ましてやタイムリミットを越えてしまえば、絶望的だった。 久島部長の意識の復活は絶望視されていたはずだった。しかし、こうして回復してしまったらしい。 「――まあ、電理研だからねえ。色々と手段を講じたんだろう」 3人の女子中学生が集うテーブルに、脇から割り込む声がした。そこには髭面で頭部にはニット帽を被った中年男が立ち、手にしたトレイから彼女らに色濃い橙色を湛えた液体入りグラスを下ろす。それらを3個、彼女らの前にそれぞれ並べて行った。 「マスター、これどうしたの?」 黒髪を纏め上げた多少ふくよかな少女が、グラスに刺さったストローを指先で摘み、訊く。甘酸っぱい香りがテーブルへと漂った。 「サービスだよ」 「サービス?」 女子中学生は、訳も判らず鸚鵡返しに訊いた。それにマスターは破顔した。 「ま、お祝いみたいなもんだな!」 その台詞に、この店のマスターが言わんとする事を理解する。彼も今の会見を視聴していたはずである。彼の電脳にも会見映像は配信されてきたはずだし、何より店のモニタにも会見中継が割り込んできた。 「本当なら酒でも振る舞いたい所だが、お嬢ちゃん達は未成年だしな!」 マスターは基本的に朗らかで明るい人物である。しかし今日の彼は更に浮かれている様子だった。 「マスター、久島さんが元気で嬉しいの?」 「まあ、元電理研だからね」 「え、そうなんだ」 少女達には、それは初耳だった。驚いた顔を見せる。 今の容貌は、まるで電理研には似つかわしくない。それにここのマスターはまだそんなに歳を取っていないはずである。電理研を辞めたにせよ、相当早い時期に見切りをつけた格好にならないだろうか――奥さんに逃げられてるってのと何か関係があるのだろうかと、サヤカは内心勘繰った。 「そうでなくとも、嬉しいニュースじゃないかね。お嬢ちゃん達もそうだろう?」 マスターは、サヤカからの勘繰りなど知る由もない。人の良い笑顔を髭面に湛え、言った。 「…まあ、知った人ですしねー」 内心取り繕うようにサヤカは笑みを浮かべ、答えた。 「久島永一朗」とは、彼女は報道ベースでしか知らない人物ではある。殆どの島民が彼女と同等の状況だろう。しかし人工島の住民である以上、彼の存在を無視し続ける事は不可能だった。 そしてこの島は住み良い場所には違いない。そんなこの島を作り上げたのは、その彼だった。ならば、直接関わる訳もない少女達であっても、彼に多少の親近感と恩義を覚えていてもおかしくはない。 何より「生還を絶望視されていた人物が望外の復活を遂げた」――その現象には大なり小なり喜びを感じるのが、まともな人間と言うものだろう。 |