成熟し豊かな社会の住民である程に、一般大衆は政治や社会との繋がりが希薄となりがちである。わざわざそんな面倒な事を考えなくとも、豊かな社会を充分に享受出来得るからだ。
 そんな彼らが社会や政治を意識する羽目になるのは、決まって何らかの有事に見舞われた際となる。「楽園」を標榜しているこの人工島においても、島の実質的な支配者たる人物がテロに見舞われ倒れてしまえば、島の住民達は否応なく悲劇に向き直る必要に駆られた。
 それでも現在社会とは、強固な運営システムによって成り立つものである。支配者が予期せぬ退場を強いられたにせよ、彼らの社会が即刻崩壊する訳でもない。多少の動乱は避けられないかもしれないが、どうにかそれをやり過ごしてしまえるものだった。
 2061年現在の人工島において、久島永一朗とは神とも皇帝とも称された人物である。その彼がテロに倒れた直後には、中学生達も漠然とした不安を感じていた。大人達が振りまく空気から、これからこの島はどうなるのだろう、どう変わってゆくのだろう――そんな感慨を受ける子供達も居た。
 しかし、現実には状況はそうそう変化しない。久島の職務をその代理が引き継ぎ、彼の不在は日常となった。
 久島の暗殺を謀ったのが評議員だとか、当初は事故を装おうとしていたとか――そういう刺激的な報道が無責任に消費されてゆく。初期の報道では評議会書記長が暗殺を教唆したとか無責任な話もあったが、それは流石に当初からワイドショーレベルのゴシップとして扱われるに至った。
 その久島暗殺未遂事件も、直後に勃発した世界的な事件の前には影が薄くなった。そして全ては終わった事になった。
 久島部長はブレインダウン症例を引き起こし、最早意識の復活はない。彼は過去の偉人のカテゴリに追いやられ、以前の業績とその功罪を世界中の人々が好き勝手に評論している。
 特にメタリアル・ネットワークについては、彼がそもそもの開発者である。電理研においては今も尚現役だったはずであり、その彼が居なくなった以後のメタルはどう変質してゆくのか――その行方は注目されていた。
 ――だと言うのに、神は突然の復活を遂げた。
 電理研はそう発表し、世界中にそのニュース動画が発信された。
 久島永一朗の不在を世界中が認め、新たな秩序が構築されようとしていた矢先の出来事だった。
 無論、彼の回復は喜ばしい出来事である。それは誰もが認めなくてはならない。特に彼を神の如く崇める人々は、そのニュースに熱狂する。彼不在の電理研の運営に一抹の不安を抱いていた人々は、安堵した。
 逆に、久島以後の秩序に身を委ねようとしていた人々は、今更の復活に再びの揺り戻しを感じている。折角もたらされた安定がまた揺らぐのかと危惧せざるを得ない。
 しかし、久島当人の弁によると、どうやら彼は電理研から身を引くらしい。
 彼自身もまた「新たな秩序」を乱す行為を避けようとしているのだろうか。ならば、彼の代理を担った若者に対する実質的な禅譲となり、逆に新たな秩序を補強するに至るだろう――。
 
[next][back]

[RD2ndS top] [RD top] [SITE top]