部屋の主が退出した深海の一室は暗闇に包まれていた。
 その主は、現在会見場においてフラッシュの嵐に晒され、歓喜の視線を一身に浴びている。今までこの部屋の外に出ようとはしなかった彼だが、あまりに様変わりしていた。
 光すら届かない深海において、照明が落とされた部屋は冷たい沈黙に満ちている。重厚な調度類や緑をつけた観葉植物は静かに佇み、部屋の奥に位置する黒い盤面を持つモノリス状のデスクも今は起動していない。
 しかし、その部屋には今も「何か」が存在していた。
 部屋にはセキュリティシステムが張り巡らされ、監視されている。入退室は入り口のコンソールによって制限され、そのログは長期に渡り保管される事となっていた。だが、それらのセンサー類も、今この室内に残っている存在を一切感知していない。機材の何物も、彼女を観測する事など出来なかった。
 不可視の視界において、ゴシック調の黒いドレスを纏った金髪女性が、モノリスに腰掛けて身体を預けていた。
 彼女は優雅な仕草で口許に右手を当てている。綺麗に切り揃えられて手入れされた爪が垣間見える中、彼女は零れる笑みを覆い隠していた。
 しかし目元の微笑みは隠しようがない。とても楽しげな印象を浮かべていた。
 ――やってくれるじゃない。
 彼女の青い瞳には虹彩が存在しない。代わりに六角形が刻まれている。その瞳が、彼女が人間でもなければ通常のAIでもない事を如実に示していた。
 ――これが、深海の魔女と契約を交わしたあなたが選んだ手段と言う事ね。案外思い切りが良くて、驚いたわ。
 誰に語りかけるでもなく、彼女はそんな事を心中にて呟いている。まるで睨めつけるような視線を虚空に向けていた。彼女はそこに何かを見ているらしい。
 ――さあ、人間の弱さに付け込んで、自らの足でまんまと部屋から出たあなたは、これから私に一体何を見せてくれるのかしら?
 エライザ・ワイゼンバウムを名乗るその不可視のAIは、暗闇の一室にて高らかに笑う。彼女の美しい金髪を、蒼いリボンが彩っている。
 エライザはその瞳で、メタルを介してあの会見場の様子を眺めていた。そこでは「久島永一朗」が記者からの個別質問に応じている。
 彼女は、久島の左手に蒼いリボンが巻き付いているのを見ていた。
 そのリボンは不思議な事に、リアルには存在しないし彼女以外の誰も目視出来ていない。或いは、装着されている当人自身はその感覚を理解しているはずだった。












第14話
失楽園
- upon my words -

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