先の案件を主導したのは電理研である。正体不明の鮫型思考複合体の正体を調査していたメタルダイバー達は、結果的に原因不明のまま増殖を繰り返す鮫型思考複合体を完全に排除するに至っていた。
 それが公式のレポートであり、委託ダイバー達の努力によりメタルの平和は人知れず守られた格好に落ち着いている。
 だが、そのレポートが如何に四苦八苦した挙句の産物であるか、案件に関わった人々は例外なく知っている。
 鮫達の不確定な出現に手を焼いていたダイバー達が謎の指示を受け、光の杖と言うこれまた謎と呼べる形状のアバターアイテムを何処かから呼び出して使用し、鮫の出現ゲートと示されたポイントを封鎖した――そんな現状を、どうやって誤魔化すかは、レポート執筆者たるフジワラ兄弟の手腕の見せ所だった。
 そして彼らを統括する電理研は、そのレポートを受け容れていた。受け容れなければ、現実を認められない格好になるからである。
 電理研のオペレーションルーム側に残されたログにも、不可解な部分が存在する。その案件中に、メタルダイバー達は謎の接続を受けた節があった。
 当時同席していた統括部長代理蒼井ソウタは、それを「深海からの接続」と疑った。しかし彼にオペレーターから寄越された返答は「水そのものからの接続」だった。
 メタルダイブのサポートに徳化したアンドロイドが、そのような要領を得ない返答を寄越すのである。これには統括部長代理もその現実をどう受け容れるべきなのか、迷ってしまっている。
 その結果、公式に提出され保管されているレポートによって、メタルダイバーと電理研の当事者達の疑念を強引にねじ伏せる格好となっていた。実際にこの案件に関わらなかった人間が閲覧した場合、彼らがどうにか誤魔化されるだけのレベルの論理――詭弁なのかもしれない――を保っているのだから、それで良しとされたのだった。
 彼らが全く把握しようのなかった真実だが、ダイバー達に密かに接続して指示を出し光の杖状のプログラムを与えたのは、波留真理そのひとである。彼は電理研入りする事もなく外部からのメタルダイブにより、それを成し遂げていた。
 メタルの管理者たる電理研からの追跡を交わし、防壁プログラムにより自らを守るメタルダイバー達への予期せぬ接続――波留が行ったそれは電通と言う形式を取っていなければ、ハッキングと言う荒技でもない。
 彼はむしろ自らに対して荒技を使用し、見事目論見を達成していた。ハッキングとはまた別の意味で、電理研の公式レポートに残されてはまずい手法である。
 ともかく波留の機転と技量により、メタルからは当面の危機は去った。電理研委託メタルダイバーの力を借りた末に、メタルを不安定にする可能性が高かった鮫型思考複合体は排除され、その出現ゲートも全て封鎖した。
 しかし、去ったのは「当面の危機」である。
 メタルの基本理念が「海」にある以上、鮫型思考複合体はそのうちにまた何処かから出現してくる――波留はそう予測していた。彼らは「メタルの深層」から出現し、電理研が張り巡らせているはずのマトリクスの壁をこじ開けて浮上してくる可能性が高いと踏んでいた。
 その危険な事態が何時何処で発生するかは、波留の予測出来る範疇ではない。そのため、彼は独自にメタルの海を全般的に監視し続けていた。
 そして電理研も同様の行為を続けているらしい。監視のためにダイブする度に遭遇するメタルダイバー達に、波留はそう認識した。
 波留には不完全ながらも現状を認識出来ているが、電理研側の理解は彼に遙かに劣っている。そんな彼らが「今まで以上に不安定な要素を秘めている」メタルの海を放置する訳がない。あらゆる可能性を鑑みて、メタルへの監視を強めているのは想像に難くなかった。
 波留は、自ら独自の監視とメタルダイバーや電理研ガイドバグの動きから類推し、現状ではメタルは正常に運用されていると判断した。鮫型思考複合体の出現兆候は観察されず、先に封鎖した出現ゲートも破られる様子は見られない。
 ――たかだが1週間でどうにかされてはこちらもたまらないし、電理研にも意地があるのだろう。
 眼前に展開されているいくつものダイアログを注視しつつ、波留はそう独りごちた。
 
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