波留の言葉を訊いたエライザの表情から笑みが消えた。それは目の前の男から冷たくあしらわれ続けているからではない。彼が述べた理論に異論を示したくなったからだ。その点において、彼女はAIだった。
 ――…それ、いくら何でも壮大過ぎるんじゃなくて?
 若干鼻白んだ表情を浮かべ、エライザは言った。何せこの男は、あるプログラム単独でメタル全体をカバーすると言い張っている様子なのだから。
 必ずしも不可能ではないが、それを成す意味は薄い。メタルとは流動的なシステムである。一旦プログラムを流し込んだ所で、適切な管理が成されなければ新たな状況に対応出来ないままその効力を失うのが常だからである。だからこそ電理研はメタルの開発のみならず、保守管理業務を常時行っているのだ。
 ――ええ。仰るように、効力はおそらくそんなに持たないと思います。しかしあくまでも僕の主目的は、彼らの直接アクセスによるリンクゲート封鎖ですから。
 言いながら波留は目を細めていた。何処か遠くへと視線を寄越している。それに釣られるように、エライザも目を細めた。彼女も何かを見ようとしている。
 一方のリアルにおいては、久島の義体が自らの席の前に戻っていた。彼はモノリスの前に立ち、右手を押しつけた。途端、モノリス上に幾重ものヘクスが表示され、浮き上がってくる。
 そのひとつひとつに映像が映し出された。未電脳化者のミナモにもそれはその目で見る事が出来る。
 映像は、メタルダイバー達の様子だった。ひとつの画像に1組のバディが存在し、その彼らは一様に光の杖を手にしていた。
 彼らはふたりでその杖をクロスさせ、その箇所に光を発している。杖が発する眩しい光に抵抗するように海が振動しているが、そのプログラムは徐々にその箇所へと浸透して行っていた。プログレスバーが進捗を表し、進行してゆく。
 ――あらあら…。
 エライザは唇に指を押し当てた。形よい唇に、綺麗に揃えられた爪が映える。その合間から吐息が漏れた。
 ――彼らとは違い、私はおまけかつ無意味かもしれない仕事を、あなたから仰せつかると言う事ね。本当に人遣いの荒い男だこと。
 言葉の最後に、エライザは大きく肩を揺らしてみせる。あからさまに溜息をついた。ついと右手を下ろす。口元から振り払うように横へと流れた腕が水を掻き分け、周囲を揺らした。
 ――でも、強引なあなたも魅力的よ。波留。
 そう告げたエライザは、右腕を波留へと伸ばしていた。美しく滑らかな動きで、掌を青年の顔面へと突き出す。まるで彼の顔を覆い隠そうとするような動きだった。
 しかし波留に動揺の色はない。勢い良く突き出されてきた女性の手を、瞬きもせずに直視していた。
 ゆっくりと、波留の左腕が持ち上がる。彼はその手を眼前へと持ってきた。そして自らの顔を覆わんとしている女性の手を押し退けた。そのまま指を絡ませ、組み合わせる。
 顔から手が離れてゆくと、互いの視線がかち合う。エライザは微笑んだまま、そのヘクス状の虹彩を波留へと見せつけていた。そして波留は、真っ直ぐに彼女の顔を見つめる。
 波留は静かに、持ち上げている右手に意識を集中する。そして左手からは、膨大な情報が伝わってくる。そのどちらも、グローブには覆われていない。何の障壁もなく、情報のやり取りを行っていた。
 瞬間、メタルが蠢動した。
 彼らの地点から光が弾け、それが徐々に広がった。海水の成分に光が情報に変換され、メタルに解けて浸透してゆく。次いで、漣のような波動が彼らを中心にして同心円状に表れて行った。
 波動の中心に居る、掌を重ね合わせる男女の長い髪がふわりと広がった。しかしその動きは、まるで柔らかな風に揺られたかのような自然なものである。それに示されたように、メタルに伝わる振動も緩やかだった。

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