「――え!?」
 その言葉に真っ先に反応したのは、波留の声を盗み聴いている格好になっていた蒼井ミナモだった。
 現状では彼女は携帯端末を下ろしている。特別に電通回線を切る操作はしていないので、もしかしたら波留にも彼女の声が聞こえているかもしれない。
 しかし黒髪の青年は彼女の声に反応を示していない。ミナモ自身にも話し掛けたつもりはなかった。
 ともかくミナモは反射的にきょろきょろと辺りを見回してしまう。「そこに居るのでしょう?」と言い出されてしまったので、自分の周りを探してしまっていた。
 ミナモの隣では、久島の義体が呆然としている。彼もゆっくりと首を巡らせ、自分の周りへと視界をやっていた。その瞳に、波留が名指ししたその女性が映るかどうかを試行していた。
 義体のその行為自体はミナモと同様である。しかし彼にはミナモと違い、その行為を成すだけの根拠があった。――自分の周りには「彼女」が居てもおかしくはないのだ。付き纏っているはずのその女性の名を別人が呼んだからには、周辺を探してみようとした。
 しかし、彼の瞳にはあの女占い師の姿は認識出来ない。本当に居ないのか、それとも彼女が姿を消しているのか、或いは自分がまた彼女を認識出来なくなったのか――可能性が彼の脳裏に羅列されてゆく。
 そこに、女性の声が飛び込んできた。
 ――…あら。どうしてあなたに見付かっちゃったのかしら。
 それは、素直に疑問を表している声である。少なくとも、あのAIが常々耳にしてきたような皮肉めいた声色ではなかった。
 声が聞こえてきた方向へと、義体と少女は一斉に向き直る。
 この時点で、モニタに映る人影は、ひとりではなくなっていた。水色基調の軽装ダイブスーツを纏う逞しい男性の隣に、黒いゴシック調ドレスに彩られた金髪女性が出現していた。
 出現の衝撃からか、女性の長髪が揺れる。彼女は肩に掛かる髪を振り払った。金髪と共に、髪の一房を留めていた蒼いリボンがたなびいてゆく。
「…えっと、エライザさん?でもこの前会った時と違う…」
 ミナモは呆然としてモニタを指さして言う。状況が上手く飲み込めない。この既知のAIとの意外な再会が理由のひとつであり、更に彼女が波留同様に素肌を晒したアバターであった事も大きな理由であった。
 もっと言うならば、彼女が知る「エライザ」とは、ホロン達にも似た秘書姿と、アリスを思わせる少女ドールの姿だった。しかし今彼女の前に現れているのは、妖艶な金髪美女である。
 ミナモとて、少し考えたならば「占い師エライザは会話の相手によって姿を変えていた」との当時の噂を思い出したはずである。しかし今の少女にそんな余裕はなかった。
 自らを指さして動揺している女子中学生を、モニタの向こうの占い師は薄く微笑み眺めていた。
 ――波留。ミナモさん、お元気そうね。良かったわ。
 彼女は傍らの男を流し見て、楽しげな声でそう告げる。しかし告げられた方は反応を示さない。自らの手元の光を顔に当てるばかりだった。
 ――…私を呼び付けておいて無視だなんて、薄情な男ね。
 台詞の内容の割に、エライザは微笑んでいる。この状況を楽しんでいる様子だった。
 その時、波留が突然右手を振り上げた。頭上高く掌を開き、掲げる。瞬間、そこに光芒が出現した。光の筋が長く走り、彼の手に握られる格好を取る。
 その光は徐々に収まってゆく。それに従い、明確な形状を彼の手にもたらしていった。
 ――…迷える子羊達を光の杖で先導するつもりかしら?
 波留の手元を見上げて眺めるエライザの声は、相変わらず楽しげだった。やがてはその成分に、若干の皮肉さが混じってくる。虹彩の代わりにヘクスが浮き上がった瞳で、彼女は続きを語ろうとした。
 ――そんなあなたは、聖者様?それとも――
 ――そんな比喩にお付き合いしている暇は、残念ながらありません。
 波留の声がエライザの言葉を断ち切った。青年の声は凛々しくもあり、冷淡でもあった。
 ――折角彼らが状況を作り上げて下さっているのです。それを無為にする訳にはいきません。
 彼は右腕を天頂方向へと掲げ、エライザを見ないまま言葉を続けてゆく。その手に握られているものは、ぼんやりとした光を湛えた杖の形状をしていた。
 ――そんな事情がありますので、あなたも僕を手伝って下さい。
 メタルダイバーの青年は、傍に漂う女性に対してさらりと告げた。それは丁寧な口調を保ってはいたが、明らかに命令である。
 ――あら。AIに過ぎない私に、一体何をさせようと?
 一見して物腰柔らかな青年にそんな態度を取られても、エライザは気分を害した様子はない。口許に笑みを湛えたまま、彼女はまるで人間のように尋ねていた。
 そんな占い師を、相変わらず波留は一瞥もしない。感情を廃した口調で告げた。
 ――あなたのハック能力と膨大なリソースをお借りして、メタルの海全体にこのリンクゲート封鎖プログラムを展開します。

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