ミナモの眼前に掲げられているモニタからは、微かな光が発せられている。そこには投影装置としてのモニタの機能上の光だけではなく、そこに映し出されている映像から放たれている光も含まれていた。
 その映像が出現した当初は瞬間的に凄まじい光量を放ったが、現在では収束している。更には現在ではモニタが自動的に補正を掛けて投影する光量を調整したために、人間の目には眩しくはなくなっていた。それでも、深海のプライベートルームへと充分な光を供給している。
 モニタには、ぼんやりと光輝く存在が投影されていた。
 人影を取っているそれは、海中に直立体勢で浮かんでいる。彼は両手の掌を自然な仕草で前に向けており、その掌が一際輝いていた。
 その両手は、グローブには覆われていない。全くの素手である。
 ゆったりとした海流が彼の元へやってくる。すると、緩やかに彼の長い髪が水に流れて行った。幾重にも分かれてゆく髪に、細かな泡がまとわりつく。
「…波留さん…」
 呆然とした声が、少女の口元から漏れていた。
 このメタルの海に存在しているメタルダイバーの姿は、本来そこに居るべき状態ではない。確かに彼は「メタルダイブスーツ」と形容されるようなスーツを纏ってはいるが、それは軽装であり掌を始めとして身体の所々が露出しているタイプだった。そして何より、彼は頭部を海水に晒している格好になっている。
 波留真理が今装備しているダイブスーツは、ミナモにとっても初めて目にするものではない。確か、波留がアバター空間にダイブする際にたまに使用しているものだった。だから目新しい衣装と言う訳ではない。
 しかし彼は、それを今、このメタルの海の空間で使用している。その事実にミナモは目を奪われていた。
 「メタルの海に素肌を晒す行為は厳禁」であるはずだ。ミナモの傍らの義体はそれを繰り返し忠告してきていた。だからこそ、先程の波留はバイザーが割れ砕けた時点で意識を喪失し、まるで溺れたかのような状態に陥っていたのだろう。
 自らの手でバイザーを割った波留も、一縷の望みは残していたと思われる。久島の義体はそう推測し、ミナモに適切な対応方法を教授した。そしてミナモはその手段を全力で試み、結果として波留は復活に至ったのだろう。
 しかしまさか――アバターのマイナーチェンジを経るとは予想外だった。しかもそのアバターの状態が、メタルの常識を著しく逸脱しているのだ。ミナモの傍らの義体とてモニタを直視するのみである。驚きを隠さない少女同様に、彼も内心動揺していると思われた。
 そんな傍観者達を知ってか知らずか、波留のアバターは正常な状態を保っている。素肌をメタルの海水に晒していても、アバターの何処も崩壊する様子はない。揺れる髪の毛1本も無事な状態だった。
 彼の両手は淡い光に包まれている。その光が海に解け、徐々に減算されてゆく。
 瞼を伏せた彼の表情も安らかであり、口許には穏やかな笑みすら浮かべている。掌から照らし出してくるぼんやりとした光と相まって、神々しさすら感じさせる姿だった。
 不意に、その瞼がゆっくりと上がってゆく。口許から笑みが消えた。日本人然とした褐色の瞳が睫の合間から覗くが、その焦点はしっかりと合っていた。
 ――…そこに居るのでしょう?
 口を結んだまま、伏し目がちに彼は言う。水の中で喋るのではなく、電通形式を選んだらしい。そしてその声はモニタを経由し、リアルの室内の人々へも聴こえてくる。
 言いつつも、波留は何処かを見るでもない。それでも、誰かに語りかけているような口振りだった。掌からの光を顔に受け止めつつ、彼は言葉を続けた。
 ――エライザ・ワイゼンバウムさん。
 その名を呼ぶ波留の表情は冷静そのものだった。海流に揺れて顔をくすぐってくる自らの髪を鬱陶しく思うでもない。開いた瞳に水の流れを映し出していた。

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