「――メタルダイバー達の動きがおかしい?」
 現在のメタルダイブを統括するオペレーションルームに立つ蒼井ソウタは、その報告を思わず鸚鵡返しにしていた。
「はい」
 若き統括部長代理の視線の下では、オペレーター達が両手をコンソールにかざしている。任務に当たりつつも、彼女らのひとりが上司に受け答えていた。
「ほぼ同時刻において、全てのダイバーがバディ単位で動き、各々の担当区画の鮫型思考複合体を排除完了しました」
「…それは、今までもやってた事じゃないのか?」
 抑揚ない女性の声で付け加えられた解説に、ソウタは虚を突かれた表情を浮かべ、問い直していた。彼には、その報告内容と今までの作業との差が良く判らなかったからだ。
「概略では同一ですが、現在の彼らの動きには一切の無駄が見られません。そのため、現在どの区画にも鮫型思考複合体は観測されない状態にあります」
 報告を耳にしたソウタは目を瞬かせた。確かに、それはオペレーターが指摘する通り、今回の案件では初めての事態だった。
 彼は電脳に送信されてきたログを改めて読み取ってゆき、その事実を再確認する。これまでは、ある区画のダイバー達の尽力で鮫型思考複合体の排除を完了したにせよ、別の区画では未だ残留状態にあった。それが今では、まるで彼らが独自に示し合わせて一斉に倒したような状態になっている。
 もっとも、彼らメタルダイバーを統括すべきオペレーションルーム側が的確な指示を出していたならば、これまでにも鮫の一斉退治は可能だっただろう。しかし鮫の出現パターンの分析が不可能である現状では、そのような指示は無理だった。
 だと言うのに、現在はそれが見事実行完了されていた。これではまるで、メタルダイバー達が鮫の出現ポイントを把握したかのように待ち構えて倒したかのようだった。それも、今回の案件でダイブしたメタルダイバー全員が、例外なくそのように動いていた。
 一体彼らの間に何があったと言うのか?彼らを直接サポートする任に就いているオペレーター達すら「彼らの行動がおかしい」と発言しているのだ。つまり、彼女ら専任アンドロイド達はメタルダイバーの行動には何ら介在していない事になる。
 そこまで考えた時点で、ソウタにはふと思い出した事があった。彼はそれをそのまま訊く。
「――さっき君達が指摘していた、メタルダイバー達への外部からの干渉は、今ではどうなった?」
「現状、メタルダイバー達への外部からの接続経路は、一切観測されておりません」
 果たしてオペレーターからの回答はすぐに返ってきた。その言葉に、ソウタは首を捻る。
 ――それでは、部外者の誰かがメタルダイバー達へ明確な指示を出した訳ではないらしい。先にオペレーター達が指摘した「接続回線を開くような負荷」が本当にハッキングだったとすれば、それを行ったハッカーだかメタルダイバーだかが、メタルダイバー達に鮫の情報を流したとも仮定出来たはずだった。
 しかし、接続経路が発見されない以上、その仮定は成り立たない。ハッカーのレベルが限りなく高いならば電理研の監視を欺いて通信してくる可能性もない訳ではないが、そこまでの仮定を繰り広げるのは不毛だった。少なくとも、理論的アプローチではない。
 ソウタの電脳にも存在しているメタルダイバー達の全ダイブログを見る限り、メタルダイバー間で打ち合わせるような電通は全く成されていない。オペレーションルームに記録され続けているダイブログを読む限りでは、本当に偶然の産物として、彼らは鮫を全て排除している状態になっている。
 ――まさか、本当に偶然?人と人とが無意識下で繋がり合うとか、そう言う状態が起こった?
 しかし――あまりに馬鹿馬鹿しい。その思考に至った直後、ソウタは口許を歪めた。自分で導き出した考えながら、首を横に振る。
 その時、微かな電子音がオペレーションルームに響き渡った。だがそれは、警告音のような耳障りな大音響ではない。メタル内で何らかの正常動作が行われた際の効果音だった。
 それと同時に、掌をコンソールにかざして接続状態にあるオペレーターが口を開いた。無表情のまま、淡々と言う。
「――メタルダイバー達に、一斉に何らかの回線が開かれました」
 その声にソウタは顔を上げた。彼女らに向き直り、訊く。
「通信か?」
「いえ…何らかのデータかプログラムが、全員に対して送信されています」
「誰からだ。逆探知は可能か?」
 矢継ぎ早に、ソウタは質問と共に指示を出す。それに公的アンドロイドは無言のまま、コンソールにかざす掌を軽く動かした。上司の命令をメタル内で実行してゆく。
 費やした時間は然程長くはない。1分足らずのうちに、彼女らのうちの独りから回答がもたらされた。
「――…個人からの回線ではありません」
 その結論に、ソウタは眉を寄せた。またしても彼にとっては良く判らない回答が寄越されていた。どうも、アンドロイドとのやり取りが噛み合っていないと感じる。
 彼はふと、隣をちらりと見た。そこに佇む秘書型公的アンドロイドは、美しい立ち姿のまま正面を向いて控えていた。
 それを認めた人間の若者は、僅かに目を伏せる。しかしすぐに彼も正面を向き、オペレーター達の円陣に視線を落とした。彼が知りたい内容を明確に答えて貰うべく、改めて質問を試みる。
「それは、逆探知出来なかったって意味か?」
「いいえ」
 明確な質問に対し、明確な答えが提示される。そして彼女の言葉は続いた。
「メタルダイバーやハッカーではなく…これは…――思考複合体?」
 このオペレーターの台詞の最後は疑問系だった。上司たる統括部長代理に問われ続けていた彼女は、明確な結論を導き出す前段階において、言葉として声に出し答えたためだった。
「思考複合体?」
 ソウタはその言葉を繰り返した。その言葉を耳にした彼は、またしても訳が判らなくなる。メタル内に不特定に発生し回遊する存在である思考複合体が、人間相手に電通を行っていると言うのだろうか。
 「思考複合体」に属するウィルス達がメタルダイバーに危害を加えるべく、電通や接続自体を妨害する事例は存在する。しかしそれはあくまでもプログラムされた行動だった。大体それに類する行為ならば、このオペレーター達もそう分類するはずである。そこを敢えて「回線開放」と表現しているのだ。そこでは、まるで人間が人間相手に行っているような現象が見られるのだろう――。
 その瞬間、ソウタは息を飲む。何らかの考えが彼の脳裏を駆け抜け、はっとした。
 同じような出来事を、自分達は経験しているのではないか?彼はそう悟っていた。
 それは、7月のあの晩。
 迫り来る地球の危機を回避するための指示として、自分達は何らかの声を伝え訊いたはずだった。それはソウタに限らない。地球に存在する全員の心に伝わってきた「言葉」だった。
 強い衝動を伴ったその言葉は、実は必ずしも「言語」の形を取ってはいない。しかしその思考は、多くの言葉を費やす説得を遥かに凌駕する強い効力で、全ての人々の思考を変えて行った。
 だからこそ、地球上での全地域での人為的な停電などと言う一種のカタストロフを、誰もが受け容れたのだ。全ての人々を合意に導いたその「言葉」の強制力は、後々考えると凄まじいものがあった。極論すればそれは「洗脳」と評する事が出来るような事態だったのだから。
 その凄まじい事態がまた、今回も起こったのだとすれば?
 そして今回は、何らかの事情に拠り効果範囲が限定されている。つまり、今回の案件に関わるメタルダイバーのみへ「回線接続」しているのでは――?
 確かに今回も、この鮫達を放置してはメタルの危機と成り得る可能性がある。メタルシステムに危機が訪れたならば、人工島の秩序は崩壊する。そして世界の標準ネットワークシステムたるメタルがダメージを受けたならば、その影響は人工島に留まらないだろう。
 流石にそこまで考えるには、仮定が過ぎるかも知れない。しかし、この未熟な自分が見落としている「危機」があるのかもしれないのだ――。
 思考を積み重ねてゆくに従い、自ずとその「接続元」が、ソウタの中で仮定されてゆく。
 それを「現実」として、信じられない気持ちと信じたい気持ちが、彼の心中に渦巻いている。そして遂にそれは決壊する。彼はその思いを声として、外部へと吐き出していた。
「――…まさか…送信元は…海底…!?」
「いえ…」
 しかし、ソウタの言葉はオペレーターによって即座に否定されていた。意気込んで口にした彼の台詞が消えゆく前に、女性型アンドロイドが声を被せてくる。
「海底ではなく、現行メタルにて想定可能な深度からです…」
 尚も続いて、オペレーターの淡々とした声が静かな室内へと響いてゆく。彼女らは一様に両手を端末にかざし、メタルへアクセスし操作と情報収集を行っていた。
 その中の独りが中空にて僅かに掌を回すと、小さな電子音が端末から浮き上がるように発せられる。そして彼女の手の動きが止まる。何かを思考するために、メタルの操作を中断した様子だった。
 彼女の表情は無感動なままである。しかし唇を閉じ、噤む。瞼が数度瞬いた。見ようによっては、何かに対して困惑しているかのような態度である。しかし彼女らは電理研により、オペレーターに特化した設定を成されている。電理研メタルサーバの端末に過ぎない彼女らには感情プログラムは一切インストールされてはいなかった。
 その整った唇が動く。何処か、呆然とした印象を醸し出していた。
「むしろ…水、そのもの…――?」
 オペレーターの発言がソウタの耳に届く。彼はその瞬間、思わず顎を引いていた。軽く息を飲む。目を見開き、黒い瞳を露わにした。
 彼女の台詞の内容と彼女自身の印象とが、若き統括部長代理を驚かせていた。――水そのものが、メタルダイバーへと接続している?それはつまり、メタルに漂う不特定多数の意識がダイバー達へ流れ込んでいると言う意味合いになってしまい――あまり好ましいとは言えない状態ではないのか?
 しかし、そんな状況に陥っているのならば、オペレーターはこのように妙な言葉を選択しては来ないはずだった。具体的に、ソウタが考えたような理論を口にするはずである。しかしそれをせず曖昧な言葉ばかりを重ねてくるのだから、やはりこの状況は妙なのだろう。
 その時、ソウタの眼前で光がちらついた。強い光を前方に感じる。
 彼は目を細め、反射的に右手を顔の前へと持ってきていた。掌で影を作り出し、強い光から瞳を保護しようと試みる。
 その方向には、大きなモニタが掲げられている。メタルダイブの様子を監視するための、オペレーションルーム設置のモニタである。そこから過剰な光が発生している。
 ソウタ自身の眼球が持つ機能と、モニタの映像処理によって伝わる光量が補正される。それらの作業を経て、彼はモニタに表示されている映像が何かを脳に把握する事が可能となった。光の最中、人間の若者は目を凝らした。
 ソウタはそのモニタに映し出されているメタルダイバー達の姿を脳に焼き付ける。彼らの手にあるものから、その光は発せられていた。
 彼らメタルダイバーは所有する攻撃プログラムをメタル内に具現化させ、それを用いてウィルスの類を攻撃し破壊する。その攻撃プログラムは、ダイバーに対応した道具のアバターを設定されているのが常である。ナイフや銛や投網、或いは水中銃などが一般的だった。
 そして今回のダイブにおいて、電理研はメタルダイブ前に攻撃プログラムを配備している。鮫型思考複合体への攻撃に適合したタイプのプログラムを事前に開発し、その成果をメタルダイバー達へと与えていた。
 それは、銛のアバターを取っていたはずだった。しかし今、メタルダイバー達の手に握られているものは、違う。
 彼らの手には、光輝く棒状の物体が握られていた。
 その長さは1m程度であり、全体的に光を帯びている。しかしその先端には今までとは違い、刃は装着されていない。それは単なる棒であり、おそらくは「杖」と表現されるのが相応しい物体だった。
 そしてメタルダイバー達は、今まで手にしていた銛が杖と成り果てていても、一貫してそれをかざしたままだった。動揺の色は全く見せていない。まるで、その変化が当然の事であるように受け容れていた。

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