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それとほぼ同時刻に、フジワラアユムは意識に飛び込んできた何かの声を耳にしていた。 瞬時に彼は銛を両手で掴む。一気に前方へと泳ぎを進めた。その途中に回遊していた鮫を薙ぎ払い、倒してゆく。 急に、身体に浮力を感じた。そのまま押しつけられるように流されてゆく。海流に捕まったのだと悟るのに、時間は掛からなかった。 ――こりゃ流石にまずかったか? 流されながら彼はそう思うが、不思議に焦りの感情は浮かばない。 何故ならば、あの声がそう言ったからだ。 彼はそう思った。今、自分の中に響き渡ったあの声は、それだけの確証を与えてくる。何故そうまで盲信出来るのかは、実の所判らない。しかし、衝動的に身体が動くのだ。あの声にはそれだけの安心感を与えられたのだ。 急にアユムは、身体に軽い衝撃を覚えた。弾かれ、バウンドし、流れが止まる。 彼のメタルダイブスーツが衝撃を吸収するが、ぬるりとした感触が伝わってくる。適度に弾力感があったがためか、彼の身体にはダメージはなかった。 何に受け止められたのか確かめるべく、彼は留まった状態のまま横目でちらりと視線を送る。その至近距離に、つぶらな赤い瞳があった。首を曲げ、鮫がこちらを見ている。 ――…おわ! その視界を認識した彼は、流石に声を上げざるを得ない。アユムを受け止めたのは、鮫型思考複合体の巨体だった。 鮫がゆっくりと大口を開いてゆく。そこには鋭い白い歯が羅列されていた。 アユムは驚きはした。しかし、恐怖は感じなかった。とは言え、彼の感情が摩滅している訳ではない。「それ」を感じる必然性がなかったからだ。彼は無意識のうちにそう結論付けていた。 市近距離で光が弾ける。鮫のアバターが幾何学模様となり、崩壊した。剥がれ落ちるアバターが海流に流され、解けてゆく。そしてその後にいくつかの光球が漂った。 一方のアユムは、一瞬、身体がその流れに持って行かれそうになる。しかし、その直後に右腕をがしりと捕まれた。 ――もう、兄さんってば危なっかしいんだから。 アユムの電脳には、呆れの感情が流れ込んでくる。 彼の腕を、弟のユージンが掴んでいた。そしてもう片方の手に握られた銛は、崩壊してゆく鮫型思考複合体のアバターを貫いている。 アユムは弟の巨体を認識する。崩壊する鮫と弟の持つ銛、そして呆れ顔とを見比べると、途端に破顔した。 常々陽気な兄は、今回は特に声を上げて笑う。彼にはこの状況がおかしくてたまらない。全てが上手く行っている。それも、「あの声」の言う通りに――。 ――…ああ、そうか。 その想いに至った瞬間、アユムの顔から笑みが消える。彼には、すぐに思い当たった。どう言う事情か判らないが、誰が何をやったのかは、何となく判ってしまった。メタルとは、理論に従わない出来事もしばしば発生するシステムなのだ――。 ――…兄さん? 爆笑した兄が突然真顔になった弟が、怪訝そうな電通を送ってくる。そんな弟に、兄はにやりと笑う。 ――んな事より…お前も判ってんだろ? 目的語を廃した兄の台詞に、弟はきょとんとした。しかしすぐに頷く。 ――…あ、そうか。早くやらなきゃね。 ――じゃ、行くぜ! 明確な言葉は何もない。兄は背後の空間に銛を繰り出す。そこに重ねるように、弟も銛を突き出した。 波動が周辺へと伝わってゆく。それに流されないよう、彼ら兄弟は意識を保つ。 アユムの視界では、まるで蒼い炎が波動に抵抗するように揺らいでいた。 |