タツミと勝嶋のバディは、メタルの海に潜り始めてまだ日が浅いコンビである。
 彼らは本来、リアルの海を作業場にしているダイバーである。「リアルの海よりメタルの方が稼ぎ甲斐があるから転向しようや」と常々誘っていた勝嶋が相棒に無断で電理研にメタルダイバー登録を行い、それを事後承諾と言う形で告げられたタツミが拳で一方的に語った挙句、何だかんだで今の状況に落ち着いている。
 実際、彼らのように転向してくるダイバーは多い。双方の海を兼任している者も珍しくはない。それも「メタリアル・ネットワーク」とリアルの海の親和性が成せる技だった。
 ともかく彼らの初メタルダイブは、今年の6月である。それも、危険性が指摘され他のメタルダイバー達からのキャンセルが続出した依頼に、やむなくあてがわれてしまったのだった。その現場での彼らは明らかな力量不足で狼狽えてしまい、何もしていない。そもそもその場では、独りのダイバーが全てを終えてしまった。
 それでも、現場に居合わせた彼らには「多数のメタルダイバーが回避した困難な依頼を見事完遂した」との評価が下された。それで妙な箔がついてしまったのか、電理研からの依頼は一定ペースで続いている。
 ――現実の力量と評価が釣り合ってないから、今回も厳しい仕事が寄越されちまったんだ。
 この現状を思うと、タツミはそう愚痴る他ない。
 しかもこの案件には、あのメタルダイバーが不参加と来た。彼らの初依頼の際に同席し、独りで作業をこなしてしまったあの人物が、今回に限っては明らかに名指しで外されている。
 あれだけの実力の持ち主が、こんなやばい案件で外されていい訳がないだろうに。何らかの不和でも発生しているのだろうかと、彼としては勘繰りたくもなる。
 メタルは自分の居るべきフィールドではない。タツミはメタルに潜った経験がない時点からそう思っていた。実際に潜ってみた後でも、そう思う理由は変われどその結論自体は変わっていない。
 そんな自分が、メタルダイバーとして電理研の依頼を受ける理由は、日々の糧を得るだけではないと自覚している。
 長年憧れていたフリーダイバーが、この時代にはメタルの海に居たからだろう。年老い、義体化してでも、どんな海をも望んでいるのを目の当たりにしたからだろう。
 凡人たる自分が、そう在るのは無理だ。しかし、眩しい存在に憧れる気持ちは持ち続けてもいいはずだろう――。
 ――何匹目かの鮫型思考複合体を撃破しつつ、タツミはそんな事を考えていた。繰り出す銛には、無意識のうちに苛立ちをぶつけている。
 今回の依頼は「鮫型思考複合体の調査」だったはずだ。しかしこうも何匹も出現されると、調査どころではない。自分の身を守るだけで精一杯となりつつあった。本来ならば勝嶋と連携を取るべきなのだが、各個撃破に当たっている。ましてや他のダイバーの状況など全く把握出来ない。
 倒し続けて負荷が掛かり過ぎたのか、一時期酷い頭痛がした。今では収まったものの、あれがまた来たらたまったものじゃないと思う。 
 このままこの状況が続けば、何時かは息切れする。その危機は理解している。しかし、逃げ出そうにもこの鮫達を振り切れるのだろうか?
 大体、電理研のオペレーションルームからの指示はどうなっているのだろう。早く対処してくれなければ、困る。単に「困る」だけで済めばいいが、それ以上の状況になったらどうしてくれると言うのだ?
 そう思うと、あのメタルダイバーの不在がますます痛い。
 並外れた技量を持つ彼ならば、こんな状況でも突破口を見出したはずだ。電理研に的確な情報を上げ、サポートさせる事だって出来ただろう。
 しかし、今回は彼はメタルにすら居ない。ならば、自分達で何とかする他ない。
 タツミが認識を新たにした、その瞬間だった。
 彼の心の中に、何かが駆け抜けた。
 光のような何かが、思考を突き抜けてゆく。肉体的には何も知覚しない。しかし、精神的には確実に何かが自分の中を通過した。もっともメタル内では具現化したこの「身体」も、意識体である。となれば、結局は意識に何らかの変革が訪れたのだろうか?
 海の中だと言うのに、一陣の風に晒されたような心地がする。そして同時に、思考が晴れた。今まで感じていた様々な苛立ちや雑念が何処かへ吹き飛ぶ。
 その頃には、タツミの眼前に鮫の巨体が翻っている。
 しかし彼は冷静な瞳でそれを見ていた。無言で銛を握り締め、先端を繰り出した。
 無駄な動きもなく、その切っ先が鮫の眉間を貫く。瞬時に鮫は光芒を放ち、消滅した。その後には光の球がふんわりと浮かぶ。
 光の向こうに、タツミは勝嶋の姿を垣間見た。掻き消えてゆく光の先では、自分と同様に鮫を倒している相棒が居る。
 互いのバイザー越しに、視線が合う。意識しての事ではない。視線を向けた先に、相手の瞳が存在した。タツミはそう認識した。
 全てが彼の前にクリアになっている。無言で頷いてきた勝嶋を見るに、おそらくは相棒もそうなのだろうと思った。電通すらも必要ない。電通プログラムを開くための僅かなタイムラグすら惜しかった。
 身体が勝手に動く。彼は自らの衝動のままに動くに任せた。それが最善だと直感したからだった。
 ふたりは泳ぎ、手にした銛を繰り出す。それは同じ場所へと到達し、彼らの銛が交錯した。
 瞬間、再び光が走る。銛の先から火花のような閃光が弾けた。そこに一瞬覗いた鮫の頭部が、即座に銛に貫かれていた。
 タツミはその直前、相棒と銛を重ねたその場所に、蒼い炎を見たような気がした。
 澄んだ意識には微かに、何かの旋律が聴こえて来る。

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