電理研統括部長代理たる蒼井ソウタは現在、オペレーションルームの人となっていた。
 区画或いは組織と言う意味でも電理研の中枢に位置するその施設にはオペレーターを務める公的アンドロイドが数人配置され、それぞれに端末に向かい、両手をかざしている。
 彼女らに与えられた任務とは、ダイブ中のメタルダイバー達の補佐である。
 別室に割り当てられたダイブルームにてリアルの身体を横たえ意識はメタルに向かわせているメタルダイバー達を、彼女らはリアルからサポートするべく、特化したプログラムを実装されていた。言わば電理研の端末の一翼を担っている事になる。
 オペレーター達の席は円陣を組むような位置関係となっていて、その中央には天井から巨大なモニタが数枚設置されている。そこには様々な情報や映像が投影されていた。様々なダイブスーツのアバターのメタルダイバー達がメタルの海を泳ぐ姿や、彼らを先導している小魚タイプのガイドバグのアバター動画や観測ログがそれである。
 更には巨大な鮫のアバターを持つ存在と遭遇したダイバー達も居た。彼らはその鮫型思考複合体を観測している。が、相手に気付かれ迫って来られた時点で危険を感じ、攻撃プログラムを発動させてその鮫を破壊する者が大半だった。
 ソウタはオペレーター達の円卓を見下ろせる位置に立っている。彼はモニタに表示される情報や動画から、メタルダイバー達の状況を把握していた。
 ちらりと視線のみを隣にやると、そこには彼の秘書を務める公的アンドロイドが立っていた。彼女はオペレーターと同型のタイプ・ホロンではあるが、制服と髪型が違っている。
 そのホロンは両手を前に合わせて美しい立ち姿を保っている。無言のままに口元には微笑みを湛え、ソウタ同様に前を向いていた。
 それは、直属の上司の指示が現状ないための待機状態だった。ソウタが呼び掛けたなら、すぐに完璧な応対を見せるはずだった。しかし、現在のソウタは彼女を見ただけだった。現状、命令すべき事はない。だからすぐに視線を前に戻す。モニタを直視した。
 ソウタ個人に電通を飛ばしてくるダイバーは居ない。その理由は、統括部長代理を前にした気後れではない。メタルダイバー達にとって、この若き部長代理に話しかけるだけの理由がないからだった。
 メタルダイブでは、原則として2人1組でのダイブが推奨される。今回のような危険が予測される案件でなくとも、通常のレジャー的なメタルダイブですらその手法を採るべきだとされていた。これはリアルのダイビングでも同様である。海洋モジュールで運用するメタリアル・ネットワークだからこそ、ダイビングの原則は何処までも適用されるものだった。
 そして、電理研の施設を使用しての委託メタルダイブの場合、今回のようにオペレーションルームを使用する事になる。ここではバディシステムを用いるだけではなく、配置されたオペレーター達のサポートを受ける事となる。そうやって更なる安全を確保する。それが電理研が掲げる安全安心の方針だった。
 つまり、メタルダイバーは、各々のバディかリアルに居るオペレーターと会話するのが常となる。何らかのトラブルが発生した場合、自分以外の2人と話し合って解決方法を得ればいいのだ。
 そこに、外部の人間が介在する余地はない。たとえそれが、彼らの雇い主の最高幹部たる統括部長代理であっても。
 ソウタはそれを理解している。だから彼はこのメタルダイブを俯瞰的に眺めているだけだった。彼はメタルダイブの本職でこそないが、多少の知識は持っている。眼前の光景が何であるか、彼なりに理解は出来ていた。
 今回の鮫型思考複合体は、異常な凶暴性は持ち得ていない。しかしメタル内に漂うデータを喰らい収集してゆく。その近辺に他の存在を見かけたなら、攻撃に転じる可能性がある。
 本来ならばその攻撃力は絶大だったはずである。しかし今回の案件において、電理研がメタルダイバー達に施した対策は万全だった。与えた攻撃プログラムは鮫のアバターに接触すれば一撃で破壊する事が出来ていた。そしてその場には光球が残される。それは、鮫が喰らったデータと思われた。
 技量を持ち合わせ装備も万全だったメタルダイバー達にとっては、その鮫達は恐ろしい存在ではなかった。しかし、鮫達は何処ともなく次々と出現してきていた。倒しても倒しても現れるのだ。こうなると、メタルダイバー達が消耗戦を強いられる展開が目に見えてくる。そしてそれは彼らの安全を確実に侵す。あまり良くない展開だった。
 鮫の増殖ポイントを把握しようにも手がかりは見当たらない。そもそも攻撃力自体は高いままの鮫の放置は、流石にダイバー達を危険に晒す事になる。だから倒しても致し方はない。
 そのように若き部長代理が思惟に浸っている時だった。
 高らかにアラームが鳴り響く。耳障りなブザー音が連呼され、オペレーションルームに掲げられている画面が赤く明滅した。
「――どうした!?」
 ここで初めてソウタは声を張り上げる。彼は、下に位置するオペレーター達に呼び掛けていた。
 画面の変化とアラームから、訊くまでもなく何らかの異常が発生したのは明白なのだが、詳細までは「部外者」の彼には判らない。だから、メタルダイバー達と通信しているオペレーター達に状況を尋ねたのだった。
「――メタルダイバー達が何らかの干渉を受けている模様です」
 ソウタの呼び掛けに対し、ひとりのオペレーターがそう答えた。しかし彼女はソウタには向き直らない。両手を端末にかざしたまま、自らの任務を続行していた。オペレーター全員がその状態である。
 それはオペレーター達の総意であるようだった。そのために無駄を省くため、独りが代表して上司に応対したのだろう。
 室内の巨大モニタにはメタル内の様子が投影されている。そこには、ダイブ中のメタルダイバー達が一様に頭を押さえていたり抱えていたりする光景が映し出されていた。どうやら彼らは、誰の例外もなく苦しんでいるらしい。
「干渉?鮫型思考複合体の攻撃か?」
 ソウタはその映像から目を離さず、質問を繰り出した。
「現在、原因は特定出来ません」
 オペレーターはすぐにそう答える。その口調に感情らしきものは全く存在しない。かざした両手が中空を撫でるように動く。情報を取得し、分析しようとしているようだった。
 要領を得ない答えに、ソウタは顎に手を当てる。黙り込み、考え込んだ。
 鮫型思考複合体の攻撃力は絶大だが、それはあくまで接触攻撃だったはずである。それが今回の出現から遠隔攻撃能力すら実装して来たと言うのだろうか。
 もしそうならば、作戦自体にかなりの修正を必要とする。鮫のアバターに接触しなければいい――その考えの元に立案されているのだから。
 ここが引き際なのだろうか。彼はそうも思う。
 確実な安全が確保されていないと発覚した今、一旦メタルダイバー達を撤退させるべきではないか。そろそろ休息を入れて仕切り直した方がいいかもしれなかった。
 メタルダイバー達がモニタには映し出されている。苦しんでいる者が多いが、中には堪え切っているのか再び銛を手に鮫に向き直る者も居た。我慢出来ない程の苦痛ではないらしい。それは根性の差なのか、或いはダイバーによってダメージの差があるのか、そこもオペレーター達の分析を待たなければ判らない。
 意識に攻撃を受け、メタルダイバー達の意志でログアウト出来ないのならば、彼らに割り当てられたオペレーター達によって強制エキジットのコマンドを発動させる事も出来る。それでも緊急措置のために確実な安全は確保出来ず、直後にはメディカルセンター送りにしなければならなくなるが、このままメタル内でダメージを受け続けるよりはマシなはずだった。
 しかし、オペレーター達にそれを指示すべきなのか、ソウタは迷っていた。
 確かに苦痛を感じているメタルダイバーも多いが、一部は一見して健在のように振る舞い調査を続けている者も居るのである。そんな彼らを無理矢理にログアウトさせていいものなのだろうか。彼らはオペレーターに「無事」を伝えているはずであり、その意志を踏みにじっていいものかと、ソウタは躊躇していた。
「――部長代理」
 無感動な声が彼の耳に届く。それに、肩書きで呼ばれた青年は顎から手を外した。
「干渉の正体は判りかねますが、これは外部からの干渉です」
 続いたその台詞に、彼は思わず首を捻る。――鮫型思考複合体も「外部」の存在だろうに。一体何を言わんとしているのか?オペレーターの正確を期すが故の回りくどい表現を前に、彼は眉を寄せた。
「この案件でメタルダイブ中の全メタルダイバーに、外部からの接続回線が無断で開かれています」
 続いてきた、淡々とした女性型アンドロイドの声を聴きつける。その内容を徐々に理解すると共に、ソウタは目を見開いていた。内心浮かんだ考えを吐き出す。
「それは…――ハッキングを仕掛けられてるって事じゃないのか?」
 メタルダイブへの知識は一般レベルの彼だが、単純に考えればそう結論付けるのが妥当ではないかと思った。どういう事情か判らないが、誰かがこのメタルダイバー全員にクラックを掛けていると考えれば、現在の事象に説明が付くと考えたのだ。
「回線の接続先はジャミングされていて特定には至りません。そもそもこれだけの人数に対して同時にハッキングを仕掛け、その正体を隠匿可能とするメタルダイバーは確率論的に存在し得ないと思われます」
 対するオペレーターの答えはにべもない。メタルダイブのアシスタントとしての膨大なデータを保持している彼女らの常識的な判断がそれなのだろう。
「…なら、他の可能性は?」
 ソウタは素直に訊いた。所詮は自分は部外者である。メタルダイブに特化しているオペレーター達の判断に従おうと思ったからである。
「該当メタル区画に断続的に障害が発生し、メタルダイバーの意識に介入が掛けられている状態が考えられます」
 メタルの海は意識と知識の集合体であり、メタルダイバー達はそこに自らの意識をログインさせている事になる。無論、彼らを包むメタルダイブスーツは自らの意識とメタルの海とを隔絶し、彼らを守っている。
 しかしメタル自体に異常が発生しているならば、彼らの意識を浸食しようとする圧力も高まっている可能性がある。そのせいでメタルダイバー達の意識に介入がもたらされているのではないか?介入の結果、ハッキングを受けているような状態に陥っているのではないか?
 ――オペレーターが総意として導き出したのは、そのような論法だった。彼女らは現実に起こっている事象に、そう説明をつけていた。
 ソウタは頷いた。しかしその表情は釈然としない様子を保っていた。ふと、隣を見やる。そこに立っている秘書に意識を向けた。
 彼の隣ではホロンが立っている。彼女は相変わらず美しい姿勢を保っていた。その顔には自然な笑みを張り付かせている。
 その形の良い唇が、不意に動いた。
「ソウタさんはどうお考えなのですか?」
「…え?」
 唐突に話しかけられ、ソウタは声を上げた。
 傍らのホロンが、彼の方を向いていた。その眼鏡の奥では瞳が微笑んでいる。
 それ以上、ホロンは何も言わなかった。彼女は何気ない仕草で手首に触れている。指先が触れるそこには、銀色に光を弾く物体があった。

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