――さて、君がこの状況に納得した所で、話を進めたい。
 会話が一段落した時点で、ダイバーとバディの間に電通が飛んでくる。
 それを発した久島の義体は波留のダイブ映像を前にして立っていた。高価なブランドのスーツを身に纏い、両手を腰のポケットに収めている。自然な立ち姿を保っていた。
 ――現在も更新されてゆくログを見る限り、鮫型思考複合体の出現は断続的に続いている。
 室内に表示されている映像の下部には、ダイアログがいくつも浮き上がっている。そこには様々な数列が書き変わって行っていた。
 未電脳化者たるミナモがそれを見ていても目がちらつくだけだった。そもそも彼女は数字と言うものには苦手意識があり、すぐに脳が存在を拒否してしまう。しかし電脳化した上でメタルに素養がある者には、そのデータからは観測ログの情報が読み取れた。
 ――現状、目立った被害はない。鮫型思考複合体に重大なデータを破壊された形跡は見られないし、危険を感じたメタルダイバーによる攻撃を受けた時点で、その個体は完全に破壊されている。
 その声を聴きつつも波留は、自らの支配下のガイドバグと、AIから逐次送られてくる観測ログに目を通している。確かにAIの論に間違いはなさそうだった。
 ――しかし、この状況を見過ごせない。
 それでも状況を把握した波留は、眉を寄せた。低い声で呟くように言う。
 ――鮫の出現が続く以上、彼らは場当たり的に対応する他ない。元の出現ポイントを潰さなければ、技量が高い彼らにもいずれ限界を迎えるでしょう。
 以前の波留の案件を分析して構築された今回の攻撃特化プログラムの効果は絶大だった。誰が繰り出そうとも、一撃で鮫型思考複合体を破壊する事が出来ている。
 彼らの領域がメタルである以上、プログラムはコピーが可能である。そうやって装填プログラムを増やしていく事も出来る。
 しかしリソースには限界がある。メタルダイブ自体にも限界時間がどうしても存在する。このまま放置していては、メタルダイバー達は泥沼に嵌り込むばかりだった。電理研側も手をこまねいてその事態を座視する訳ではないだろうが、果たして打開策が打てるとも思えなかった。
 ――だが、この思考複合体の出現ポイントは不特定だ。個体出現時にメタルの振動は観測されるが、それ以前には何ら異常は観測されない。つまり厳密な予測は不可能であり、出現後も存在を見落とす可能性が生じる。
 ――いえ、直前にも兆候はあります。
 ――「蒼い炎」とやらか?
 そのAIは波留に即答した。しかしその声には疑念の色が濃い。義体としても、僅かに首を傾げている。
 ――それ自体はログには観測されていない。君やあのダイバーのみが気分とやらで感じ取っているに過ぎない。つまり、君達にしか認識出来ていないのだ。そんなものをどうやって、他者が予測しろと言うのだ?
 眉を寄せその間に皺を刻み込み、そのAIは波留に電通を寄越している。目を細めた先に表示されている観測ログには、彼が言うように鮫型思考複合体の出現時の波動が記録されている。しかし、その兆候は一切観測されていない。
 波留も同じログを見ている。彼が見ている画面でも、当然ながら兆候らしきものは表れていない。
 彼とて、フジワラ兄弟の電通を傍受していなければ「蒼い炎」の存在には気付かなかったはずだった。そして彼自身が以前から「蒼い炎」を目撃して来なければ、アユムの証言など信じなかったはずだ。思考圧の高さのせいか、良くない兆候だ――ユージンのように考えたはずだった。そしてそれがメタルダイバーの常識だったろう。
 沈黙する波留を前に、久島の義体は溜息を漏らす。彼の電脳には膨大な知識が存在しているし、この部屋のモノリスにも電理研が保持する各種データが読み込まれていた。
 その中には、波留が以前から提出し続けてきたダイブログも存在する。そこには波留が「蒼い炎」を見たとするダイブログも、確かにあった。
 能力が著しく高いメタルダイバーのみが目撃出来る事象は存在するのかもしれない。しかしそれを証明するには、客観的なデータが必要である。観測データにそれが表れてこない以上、彼らの目撃情報はメタルからの電脳への干渉による障害と扱う他なかった。
 しかし、そこで止まっていては波留との会話が進まない。そう考えたAIは、仮定のまま論議を深める選択をした。そもそも他の可能性を見いだせない以上、それを無視していても建設的ではない。
 ――…君が言うように「蒼い炎」の出現を予測可能であると仮定する。ならば、それを通常のリンクゲートと見なす事が可能だろう。それらリンクゲートを封鎖し思考複合体の出現を阻止するのが、電理研が取るべき適当な作戦か?
 ――そうなりますかね…。
 仮定に乗ってきてくれたそのAIの問題提議に、波留は頷いた。確かにそれが最善だろうと彼も考えていた。
 もっとも、その手段には問題点も見出せる。そこにも気付いていたらしく、AIは指摘する。
 ――しかし、思考複合体がメタル内に残っている限り、それ自体が外部とのリンクになり得る。無論それは確証ではなく、ひとつの可能性に過ぎないが…。
 ――…いえ。やるなら確実を期すべきです。
 予測の範疇に収まっていたAIからの言葉を受け答えつつも、波留の脳裏には先のオニヒトデの一件が思い浮かんでいた。
 それは「深海に消えた」のだ。
 波留がメタルから強制ログアウトされる最中の出来事だったため、確証はない。しかしそれが事実だとすれば、あのオニヒトデは自力でゲート或いはそれに類する機構を開閉する能力を保持していた事になる。
 仮にあのオニヒトデと今回の鮫型思考複合体の由来が同一ならば、実装されている能力も同一である可能性も考えるべきである。
 由来が同一である――その可能性を、波留はあまり考えたくはなかった。
 しかし、アユムの目撃情報を信じるに、「蒼い炎」から鮫型思考複合体は出現している。そして「蒼い炎」とは本来、メタルとリアルの深海にて目撃される事がある現象だった。
 つまり――彼の思考は一点に行き着いてしまう。
 それを口に出す事を、波留は一瞬躊躇った。バイザーの中で口を開いたものの、その口は動かない。電通に乗せる事も憚った。それを認めてしまっては、今後のどんな対処も一切無意味に成り果てると思ったからだ。
 波留は顔を顰め、眉を寄せた。自分はどれだけ渋い表情を浮かべているのだろうと思った。

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