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――以前、メタル内に鮫型思考複合体が観測された。それはメタル内のデータを喰らいつつ回遊していたが、撃破された。 今回、その鮫と同タイプの思考複合体が再び出現した。しかも今回は複数体が一挙に現れ、メタルの海を回遊している。 彼らの出現パターンが一定ではないため、今後の状況が全く読めないのが現状である。このまま放置しては、最悪一般領域に被害が拡大する危惧も生じる。 そこで、我々電理研があなた方に依頼したいのは、鮫の出現パターンの特定である。何らかの法則を見いだせたなら、対処を打てる。出現経路を断ち切った後に、該当思考複合体を全て破壊してしまえばいい。 前回のログから、該当思考複合体に適合する破壊プログラムは作成完了している。これを上手く命中させれば容易く倒せるはずだ。 メタルダイブ時に装填しても出来る限りリソースを浪費しないように改良済みだ。全員に配備可能なので、後程お渡しする。 しかしながら、前述したように出現ポイントや法則を特定するのが第一である。そのため、該当思考複合体を発見しても無闇な破壊は厳禁とする。 無論、あなた方の安全が全てに優先される。やむを得ない際には躊躇いなく破壊プログラムを使用して貰いたい――。 ・ ・ 居並ぶメタルダイバー達を前にして、ソウタは様々な資料を駆使して今回の案件の説明を行った。リアルのブリーフィングルームではあるが、室内のモニタにこれまでの観測ログや破壊プログラムの外観画像やスペックを投影していた。 それらの情報を、メタルダイバー達は真剣な面持ちで見つめている。アユムもその御多分に漏れない。何せ彼らはメタルダイバーであり、その仕事中には自意識を危険に晒すのである。自らの命が懸かっている以上、半端な態度でブリーフィングには臨まない。 「――こちらからの説明は以上です。何か質問はありますか?」 ソウタは演説台に両手を付き、若干前のめりになりつつそう言葉を投げ掛けた。台には杖が寄りかかっているのだが、メタルダイバー達には見えない位置にあった。 「――ちょっと訊きたい事があるんだけどさ」 そこで挙手と共に声を上げた人物が居る。その無遠慮な声色に、同席しているメタルダイバー達は一斉に彼の方を見た。 その席には、赤いバンダナで髪を上げている無精髭の小柄な男が腰掛けている。フジワラアユムその人だった。 呼び掛けを受けたソウタもまた、アユムに視線を送った。彼らは初対面ではない。更に付け加えるならば、フジワラ兄弟には他のダイバーと一線を画した依頼を波留と共にやって貰った経緯もある。 だからソウタは特に気兼ねない。普通に問いを受けようとした。 「何でしょう」 促されたアユムは、挙手した右手をそのまま頭の後ろに回した。左手と組み合わせ、首の後ろで枕上にして押し当てる。 依頼主を前にしておいてあまりに気楽そうな態度に、思わず隣の弟が慌てて小声で何事かを口走った。しかし兄は相変わらずそんな弟を煩わしそうに見るばかりだった。 弟を一瞥したアユムは、そのまま視線を上げて部長代理を見据える。そして気怠い姿勢のまま、ぶっきらぼうに言った。 「この依頼より何より俺が気になってんのはさ。波留さんはどうしてんのかって事だよ」 アユムの台詞に、室内の全員が反応を見せる。そこに出された人名が、彼らの注意を喚起していた。 視線の集中点に位置するアユムは怯む様子を見せない。両足を伸ばして組む余裕すらある。そして彼は両腕を解いた。背もたれに勢いよく身体を預け、右手で前方を指し示した。 「俺らには守秘義務があるから、この場では詳しく言えないけどさ。最初の鮫出現時の案件では波留さんが関わってたじゃないか。なのに何で今回は居ないんだ?」 そう述べた彼の周囲でどよめきが起こる。それはソウタの説明では伏せられていた事であり、ダイバー達は一切知らなかった事実だったからだ。 もっともソウタがそれを提示しなかったのには理由がある。以前の案件に関わったダイバーチームの情報は、必ずしも今必要ではないからだ。質問を受けたら答える用意はあったろうが、最初から説明に加えていては煩雑に過ぎるだろう。そう言う観点では、ソウタは責めを負うべきではない。 同様に、アユムの暴露もまたぎりぎりのラインと言えた。訊かれたら答えて貰えるが訊かれなかったら敢えて答えるまでもない情報を、ここで提示したのだから。 ある意味、前回と今回の依頼者たるソウタの顔に泥を塗る行為である。しかし彼がそれだけの事をしでかす理由はあった。少なくとも、この好青年であるはずのアユムの中には、それがあった。 「これ、元々波留さんの案件だろ?なのに、俺達が勝手にこなしちまって、波留さん的にはいいのか?」 若干の苛立ち紛れにアユムが言ったその台詞が、彼の内心の憤りを明確に表していた。 電理研委託メタルダイバーとは、厳密には電理研の人間ではない。依頼毎に委託契約している存在に過ぎない。彼らの大半は個人事業主であり、組織に属している訳ではないのだ。 そして自意識を危険に晒す仕事を請け負っているからか、ダイバー同士には仲間意識が芽生え易い。ともすれば電理研と言う組織よりも、仲間の同僚ダイバーを尊重する傾向にある。無茶な依頼を寄越しやがって――そんな憤りを共有し、その死線を越えたチームメンバーに愛着を抱くのだ。伊達に、バディシステムを前提としたダイビングをモチーフにしてはいないと言う事なのだろう。 仲間意識と互いの尊重の気持ちは、彼らがこなしてゆく仕事の尊重にも繋がる。 契約上守秘義務が付き纏うのだから、互いの依頼の詳細は判っていない。しかし、全てが危険な仕事と言う前提に変わりはない。仕事の成果は電理研に帰属するが、任務を完遂したとの評価はメタルダイバーに付いて回る。 危険を省みず仲間がこなした過去の仕事は尊重したい。仲間を蔑ろにはしたくはない――そんな意識は、メタルダイバーの間に共通している。 だと言うのに、過去に同様の依頼をこなした波留が、今回召集されていない事情とは?波留が以前関わった依頼を、自分達が好き勝手に荒らしていいのか? ――そんな疑念が、この部屋のメタルダイバーの間に渦巻いていた。その嵐に彼らを放り込んだ張本人は、じっと馴染みの依頼主を見つめている。 彼に相対するソウタは黙り込んでいた。眉間に深く皺が刻まれてゆく。両手を壇に付いたままの姿勢で前を見据えている。 やがて彼は深く溜息を付いてみせた。顔が揺れた拍子に乱雑な前髪が目元に落ちる。それを振り払い、彼は口を開いた。 「波留さんには、今回は外れて貰いました」 ソウタからのその返答に、アユムは身じろぎした。口を開き、何かを口走ろうとした。 そんな彼の眼前に太い腕が横切る。隣の弟が制止したのだった。その目論見は見事成功している。アユムは突き出された腕の勢いに、口篭もっていた。 兄を押しとどめる事に成功した弟は、その代わりに声を発していた。内心冷静であるように努め、ソウタに短く問い掛ける。 「――…何故ですか?」 結局はユージンは、兄が問いたかった事と同じ内容を発言したのかもしれない。だからなのか、アユムは弟の顔に視線を向け、次いでソウタに戻していた。勢いを殺されたものの、弟の問いからもたらされる答えを待つ事にする。その態度は周囲のメタルダイバー達も同様だった。 そんな彼らを、若き統括部長代理は真っ直ぐに見つめている。唇を横に結んだ後に、再び言った。 「我々の事情です」 ソウタが発したのは短い返答だった。彼は台詞共々きっぱりとした口調を用いており、他者に割り込む隙を与えようとしない。そのまま、続けた。 「波留さんにはその旨許可頂いています。ですから、皆さんは波留さんの領域を侵している訳ではありません」 こちらとしては、筋は通している。だからとやかく言われる筋合はない――ソウタの言動はそう言わんばかりだった。少なくともアユムはそう捉えた。だから彼は、僅かに腰を浮かせる。右手を振り上げて何か反駁しようとした。 しかしその動作は、またしても弟にやんわりと制止される。小柄な兄は弟の腕に遮られてしまい、向こう側に立っている白衣の青年を垣間見れなくなった。 「…でしたら、問題ないとは思います」 そのままの姿勢で、ユージンはぼそぼそと言う。しかしその口調から、完全には割り切れていない様子が伺える。この温和な弟ですらそうなのだ。兄や周辺のメタルダイバーの心境は如何ばかりか――このブリーフィングルームに漂う空気がそれを印象付けていた。 「御理解頂いて、ありがとうございます」 統括部長代理は深く頭を下げた。それは慇懃無礼とも解釈出来る態度だった。この一室の雰囲気が、彼に対してネガティブな方向に傾いているせいかもしれない。 「あなた方には強制はしません。自意識を危険に晒すのですから、我々の対応に少しでも不満があるのならば、今回のメタルダイブは避けるべきです」 これもまた、筋を通したと表現出来る態度である。ソウタが述べた言葉はメタルダイバーの一般論なのだから。命が懸かっている以上、肉体的にも精神的にもベストコンディションの状態で案件を受けるべきなのだ。ましてや依頼主を信頼出来ない状況では、そのダイブを強制する訳にもいかない。 統括部長代理の宣言を受け、室内のメタルダイバー達はそれぞれに顔を見合わせた。口々に何かを言い募る。 結果的に、脱落者はひとりとして出なかった。 召集を掛けられたメタルダイバー達は、そのまま今回の案件に対しての契約を執り行った。 しかしその行動は電理研への忠誠心あってのものではない。彼らは電通で契約サインを送信しつつも「波留真理の案件を蔑ろにしたくはない」と付け加えたのだ。口調は各人異なるものの、大方の内容はそれで一致している。 曰く、ここで断れば波留が以前こなした案件にも傷が付く。彼が外れているなら自分達で何とかする他ない――。無論、独立独歩のメタルダイバーの常として、波留の留守中に自らの能力を誇示する機会としたい人間もそれなりには居る。しかしそんな人物にとっても、波留の存在が前提としているのだ。 ――これが、人望の差と言う奴なのだろうか。 ホロンを介して契約を履行してゆくメタルダイバー達の姿を見やりつつ、ソウタはそんな事を思い、唇を噛み締めた。 |