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そのふたつめの申し出には、さしものAIも僅かに瞠目する。リアルの彼の義体にも変化を表した事になる。それ程までに、波留の言動は、彼の予測の範疇を越えていた。 ――…何…? 彼の発する電通にも、短い声が乗る。それは問いですらない。理解出来ない理論を前にしたAIの戸惑いそのものだった。 そんなAIの心境を把握しているのかそうでないのか。波留は言葉を続ける。一応の説明を付随させて行った。 ――複数体の出現が認められた以上、ある一定の技量を持つ複数人のメタルダイバーの協力を仰がなければ、調査も撃破も難しいと考えます。そして電理研に登録されていて現在すぐに動ける該当レベルのメタルダイバーの数を考慮すれば、人数面では無条件に召集を掛けても充当な人数が集まるかどうか…。 現在、電理研でも「鮫型思考複合体の調査」が行われているはずである。しかしそれに携わるメタルダイバーの人数はそうは多くないと思われた。 これまでの鮫の回遊は単独であり、以前波留が最初の1体を捕獲撃破したログが電理研には存在する。それを参考にすれば、一定レベルのダイバーを揃えたなら人数を割く必要はない――調査の内情を知らなくとも、電理研がそう考えているだろうと推測は付けられる。 しかし、事情は変わったのだ。現在では、複数の鮫型思考複合体が出現している。それなのに対処する人員がそのままでは、危険が増す事になる。今回の観測ログを提示した上でメタルダイバーの増員を促さなくては、調査担当のチームから犠牲者が出かねない。それもまた最悪の事態と言えるだろう――。 波留の言わんとする事はそう言う事なのだと、このAIにも理解出来ていた。新たな危険を孕んだ情報を入手した立場としては、順当な行動と言えるからである。 しかしそれを何故、自分に持ちかけるのか?彼にはそこが理解出来ていない。その気持ちをそのままに、彼は波留に問い掛ける。 ――しかし…何故私にそのような事を依頼する?私はAIに過ぎない。立場上、人間に対して意志決定を働きかけるなど、我々の存在意義を逸脱した行為だ。 ――僕、電理研から出入り禁止食らってるんですよ。だからソウタ君にも電通出来る立場じゃなくて。 波留から返ってきたそれは、場違いなまでに苦笑めいた電通だった。しかし彼が述べたのは紛れもなく事実である。波留真理と言う人物は電理研の不興を買い、今回の案件から外されているのだ。 ――判っているのに自分が動けないって、結構もどかしいですね。もっとも、僕自身のミスからの処遇なので仕方ないのですが、そんな中でも最善を尽くしたいのです。御理解下さい。 そこまで語った直後、一旦波留の声は途切れた。リアルに喩えるならば、一息ついた様子である。そんな一拍の沈黙を、彼は電通上に設けた。 ――僕は、誰も見殺しにはしたくはない。 AIに対して最後にもたらされたのは、強い意志を感じさせる、きっぱりとした宣言だった。 その声を電脳に感じたAIは、リアルに瞼を閉じる。 彼は波留から提示された情報と要望を整理し、それを成すための理由付けを、自身の思考にて論理立ててゆこうとした。 ――メタルの異変がログに表れているのは事実である。そして私は以前の鮫型思考複合体の出現ログを入手している。それと照らし合わせた結果、今回表れた異変が「鮫型思考複合体の複数出現」と示す事は可能だ。波留のログを借り受けるまでもない。 そして、あの部長代理は若いが聡明な人物である。この危険性を孕んだ情報を提示された時点で、私が敢えて指示せずとも自分からメタルダイバーの増員を図るだろう。波留真理からの要請とは若干違って来るが、もたらされる結果は同一である。問題はない。 ――これを、「建前探し」と言うのだろうか。 そこまで理論立てた時点で、そのAIは不意にそう思った。しかし、それ以上の思考の寄り道はない。人間から要請を受けた彼は、その命令をこなすべく邁進してゆく。 彼の傍らには、ミナモが黙り込んでいる。リアルには反応を見せずに電通を続けている彼の様子を、少女自身も沈黙して見守っていた。 深海に位置する室内には静寂が満たされている。 |