そんな中、教室のざわめきに紛れ、ミナモの机の上から小さな電子音が鳴り響いてきた。その音は、トートバッグから聞こえている。
 彼女は慌ててその鞄の中に手を突っ込んだ。その手はすぐに目標物を捕らえる。一気に引き上げると、携帯端末が握られていた。画面は明滅し、電子音と共に何かを主張している。
 メタルに無線接続出来る環境とは言え、未電脳化者達は通常はペーパーインターフェイスを用いている。それを前時代同様に携帯端末として使用する事で、メタルをある程度は満喫するのだ。
 電脳化している人間とは違い、携帯端末は「使用している」状況が第三者にも判る。そのために状況に応じてマナーモードに設定しておく事が礼儀だった。呼び出し音などで他者に迷惑をかけないためである。それは、21世紀初頭から脈々と続く作法だった。
 ミナモもマナーモードに設定しておいたつもりだったが、どうやら違っていたらしい。自宅での設定を解除しておくのを忘れたまま、ここまで来ていたようだった。
 授業中に鳴らすよりは幾分マシではある。内心彼女はそう自分を慰めつつ、画面を見やった。
 ダップーと呼ばれるマスコット犬のアバターが枠に沿って走り回るアニメーションの中、メールの着信が通知されていた。
 ミナモはちらりと周辺を見渡す。同級生達は一応は自分達の席に着いたものの、未だに担任は姿を見せていないためかざわついたままだった。
 ――まだ、端末いじってても大丈夫だよね。周りの様子から、ミナモはそう判断する。
 ある意味自分勝手な結論なのだが、彼女を咎める人間も居ない。だから、彼女は手早く操作してメールブラウザを立ち上げた。新着メールを開く。送信者名と本文を視界に入れた。
 ――お渡ししたい物がありますので、放課後に私の所へ来て頂けますか?
 それはスクロールバーを必要としない程度の簡潔な文言だった。そして似たようなメールを、ミナモはつい2週間程前に受信した経験があった。
 しかし今回は、丁寧な文章である。そして送信者名も異なっていた。
 その状況を認識すると、ミナモは目を瞬かせた。一体何だろうと思った。
 しかし、返信をしたためている時間の余裕はなさそうだった。電脳化している人間とは違い、ミナモはこの携帯端末の画面にキーボードを表示させて文字入力をしなければメールの送信が出来ないのだから。そんな彼女に、授業中にこっそり返信メールをしたためる芸当は難しい。
 見計らったように、本鈴が鳴り響く。同時に教室の扉が開かれ、明るい声での挨拶と共に女性教師が姿を見せた。
 クラスの生徒達が一斉に席を立つ。それにミナモは慌てた。携帯端末をマナーモードにして、急いでトートバッグへと放り込む。そしてクラスメイト達に数秒遅れつつも、一礼した。

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