2学期も佳境を迎えた11月末の中学3年生の教室では、登校してくる生徒の数が減り始めている。学校で修める単位の取得も完了し、次の進路に向けての実習三昧になる生徒も多いからだ。 その状況は週始めの月曜でも同様である。むしろ休日たる日曜から続けて外部で実習を続けている生徒も存在するために、週半ばよりも出席率が低いかもしれない。 ミナモ達が所属する3-Aもその例外ではない。ミナモ自身も時折短期間の介助実習のために学校は欠席する週もあった。 しかし、この月曜はミナモも登校時間通りに教室を訪れている。すっかり彼女のトレードマークと化している未電脳化者用の接続バイザーを収めた大きなトートバッグを肩に掛け、自分の席を目指す。早くに登校していた同級生達に声を掛けつつも目的地へ到着した彼女は、その鞄を肩から自分の机上へと下ろした。 「――ミナモちゃん、おはよう」 鞄を下ろしてすぐに、ミナモは後ろから声を掛けられた。その隣を見ると、彼女より若干背の低い黒髪ロングの少女が微笑んでいる。 「ユキノちゃん、おはよう」 ミナモはその挨拶に答えた。軽く右手を挙げ、振る。しかし、すぐに怪訝そうな表情になる。何かが足りないと思ったからだ。それを、そのまま口に出す。 「…サヤカは?」 「サヤカちゃんは、今日から暫く実習だって」 「ふーん…」 ユキノの明確な答えに、ミナモは右手人差し指を唇に当てた。視線を上向かせる。ミナモは、クラスメイトかつ友人である彼女の予定は把握していなかった。ミナモ自身も良く介助実習に出向いているし、時には電理研からの正式な依頼をこなすために学校を休んだ経験もある。 しかしサヤカ達も人工島で教育を受ける中学3年生なのだから、彼女らなりの外部実習もあるはずだった。たまには登校予定が全く合致しない事もあるのだろうと思う。 実習が本格化してきた2学期開始から3ヶ月を迎えようとしているが、今後はもっとこんな機会が増えてくるのだろうか?今は確かに同じクラスであろうとも、卒業後の進路は互いに全員が全く違うと確定している。その現状を思うと、これが大人になるって事なのかなと、今のミナモは漠然と感じていた。 「――ミナモちゃんは、あの後波留さんと帰ったんでしょ?」 「うーんと…」 ユキノからののんびりとした口調での問いに、ミナモは苦笑を浮かべた。先日とは違い、今の彼女に焦る気持ちはない。 昨晩のアンティークガルでの会話と異なり、恥ずかしい感覚はやってこない。それは何故かと思う。サヤカのようにからかい口調で問われているのではないからか、或いはもうひとりの当事者がこの場には居ないからか。ミナモにはどちらともつかなかった。 ともかくミナモは、ユキノからの問いに答えていた。しかしそう簡単に説明出来るような話でもなかったと思う。だから彼女なりに理解した内容を、告げる。 「そうでもあるんだけど、違うの」 「え?」 「あの後すぐに波留さんに急用が出来ちゃったから、結局私独りで帰ったの」 「そうなんだ…」 ミナモの答えに、ユキノは口許に右手を当てて頷いた。どうやらこの多少ふくよかな少女には、何ら含む所はないらしい。今日は登校していないもうひとりの友人と異なり、隙あらばミナモの態度に茶々を入れようとはしていなかった。 その友人とは違い過剰な問い掛けをしてこない様子のユキノに、ミナモは内心安堵した。彼女は決してサヤカの事は嫌いではないが、どうもからかい方が過剰になってきた気がする。 「――ユキノちゃん達は?」 だが、その安堵感に任せ、何気なくその問いを寄越した自分を、間もなくミナモは後悔する事となる。 「あのね、ミナモちゃん達が食べてたジャンボチョコレートパフェはいつも通り美味しかったし、新作スイーツのティラミスがまた絶妙な甘さでね、かと言って定番のババロアも一切手を抜いてない美味しさでね…――」 ――その満面の笑みでの語りは延々続くかと思われたが、数分後に教室内に鳴り響いた予鈴のおかげでかろうじて中断を見る事となる。 つくづくこの小柄な少女にとっては、コイバナと呼ばれる類の話題よりも飲食店のメニューの方が重要らしい。ミナモは微笑んで自分の席へ向かうユキノを遠巻きに見やりつつ、引き笑いと解釈される表情を顔に貼り付かせていた。 |