――…って、マジでまた、イルカかよ! 自らの眼前に広がったその光景を認識した時、アユムが真っ先に発した電通とは、そう言う内容だった。 彼の叫びは海上にて待機している弟にも伝わってゆく。その弟が怪訝そうな電通を兄に寄越すが、彼らはそのやり取りすら以前に似たような経験があると感じた。本当に、身に覚えがあるのだ。 一方、間近に突然現れたその海を代表する生物に、ミナモは喜びの色を隠さない。つぶらな瞳が存在する頭部を寄せてくる海洋生物に、彼女は抱き締めるように腕を伸ばしていた。思わず、ロープを離す。 その刹那、イルカはその身を翻した。 尾を人間達の方に向け、はためかせた。水を掻き、身体を一気に沈めてゆく。 ミナモの両腕がその海水を掻き分けた。今までイルカが居たはずの場所を空しく掬う。 慌てて彼女は、下を見やった。深い海底に視線をやる。 人工島沖合いの海水は透明度が高い。程好い海底までを見通す事が可能だった。 そのイルカは、彼女がどうにか視認出来る位置を回遊していた。本来ならロープが落ち込んで来ているはずの位置で、ぐるぐると周回している。 その動きは、まるで、人間達を誘うかのようだった。 そしてミナモは、思わずその誘いに乗ってしまう。 アユムに一瞬目配せを残しただけで、少女は水を蹴った。意外にも軽やかに、水圧に負ける事無く更に深い場所へと自らの身体を沈めて導こうとしていた。もうカナヅチとの名目は一切必要なさそうな、そんな動きだった。 イルカの出現に虚を突かれた格好となったアユムは、ミナモのその一瞬の行動を阻止し損ねた。 ――…嬢ちゃん! 彼は慌ててミナモのアドレスに向けて脳内で叫ぶが、未電脳化者たるミナモ自身にはその電通は届かない。店舗内に置き去りにしてきた彼女の鞄の中にあるペーパーインターフェイスに、空しく着信したのみだった。そこで着信音が奏でられようと、傍らで寝こけているシュレディンガーは反応もしない。誰も見ていない中、その無為さが倍増する。 電脳化している人間が陥りがちな罠にハマった事にアユム自身が気付いたのは、その一瞬後だった。彼はすぐに我に返り、身構える。船上のユージンに宣告した後に、初心者の少女を追おうとした。 その時、海底から勢いがついた流れが立ち昇ってきた。海底から巻き上がる海流だった。それは、まるで彼を遮るかのようだった。 細かな泡が一気に巻き上げられる。ロープがたわみ、その位置で揺れた。アユムは泡と渦に視界を奪われ、顔を顰める。いくらゴーグルで両眼を保護しているとは言え、海自体に泡が立ち昇ってはどうしようもない。 海流が突き抜けていったのは、更に数秒間だった。そのロスの後、彼はすぐに視界を確保する。泡を手で払い、海底を見通そうとした。 しかし今となっては、彼の視界の向こうには、ピンク基調のウェットスーツを着た少女の姿も、流線型の海のシンボルの存在も、全く垣間見る事は出来なかった。 |