「――波留さんがそっちに行ったのも、7日なのか」 ホロンの報告を訊き終わったソウタは、そんな感想を漏らす。視線のみを上向かせ、ホロンを見やった。 次に、そのアンドロイドがひとまず仕えている人物に問い掛ける。 「ソウタさんは、調査部にログの照会を?」 「ああ。調査部の性格は良く判っているつもりだからな――」 電理研調査部とソウタの関係は深い。彼はこの職に就く以前、建前としては「統括部長付秘書」との珍妙な役職を得ていたが、実情はメタルとリアルの双方から様々な案件を独自に調査する立場だった。だから調査部に籍を置いていたような状況でもあり、実際に調査部から情報を得たりまたその逆も行為もあり得た。 そんな前歴を生かし今回、彼は調査部にログ照会の申請を行っていた。 部長代理権限で行われたそれは、テロの「容疑者」――警察ではなく逮捕権を持たない電理研調査部においては「調査対象者」との名目になるが――のひとりであるジャック・シルバーと波留真理との面会履歴である。 波留はそのメタルダイバーの少年の元を何度か訪問していると、ソウタは今回の失踪以前から知っていた。調査部からそれとなく照会が来ていたからだ。曰く、これは部長代理の指示なのかと。 シルバーへの波留の訪問は「面会」との体裁を保っていた。それは調査対象者が有する当然の権利だった。この島は民主主義の政体を選択している。ならばいくら犯罪関係者だろうが、その人権は護られるべきとの建前はあったからだ。 それでも調査部の頭ごなしに、所属が異なるメタルダイバーが自分達が確保している調査対象者との接触を繰り返している事実は、彼らにとっては多少不愉快な代物だった。仮に波留のこの行動が電理研最高幹部たる部長代理の息が掛かった行為ならば、こちらとしてはどうしても萎縮してしまう――そう言った苦情めいた陳情がソウタの元へともたらされていた。 もっともその申し入れの実状は、駆け引きの一種であるとソウタは見抜いていた。そうやって各部署は自らの権限を拡充しようとするものだからだ。 だから、彼は当時には適当に申し入れを交わしていた。――波留さんの行動は彼独自のもので、自分とは何ら関係を持たない。だからと言って彼らの権利を侵す事は、調査部にも出来ないだろう――ソウタはそんな論理を用い、自らの立場を明らかにした上で調査部を牽制してきた。 その前置きがあった中、今回改めてソウタはふたりの面会履歴の開示を調査部に求めていた。 ふたりの面会は調査部が取り決めた手順に則っている。つまり波留が事前に申請して調査部に認可された時点で、規定の面会室にて設定時間を越えないように、調査部の監視つきで行われてきた。 そして彼らの会話は調査部には筒抜けのまま、ログと言う形式で保管されている。それらを認めて初めて「拘留した調査対象者との面会」は実現可能なのだ。 ソウタからの開示要求を調査部は受け容れた。電理研統括部長代理権限を用いられては、電理研の一組織に過ぎない彼らに抵抗の余地はないのが絶対の理由である。 無論、その最高幹部の動きに疑念を抱く人間が生じるのは避けられない。――何故部長代理が今更面会履歴を欲するのか?そもそも彼に近しい存在であるはずの波留真理に直に尋ねればいいではないか――そう思う調査部の職員も居た。 しかしいくら近しい人間同士であっても、組織に属せば一枚岩では居られない事情があるだろうとも、彼らには推測はついた。内偵調査も業務の一環である彼らだからこその発想とも言える。 だから、表向きには調査部は何ら突っ込んでは来なかった。上司に従順にログを手渡すのみである。 ソウタとしても裏で何を思われているのか判ったものではないとは理解していた。しかしそんな事を勘繰り合っている場合でもなかった。 この一件に関して、今まで彼が把握していなかった波留の行動を全て洗う。そうする事で波留の現在とこれからの動きを推測可能になるかもしれない――その一縷の望みを果たすためにも、この部長代理は面会ログを閲覧して行った。 波留真理とジャック・シルバーの面会履歴は3回分だった。それぞれ11月3日、5日、7日と記録されている。 一見して規則正しい訪問のようにも思えるが、単に足繁く通った結果なのかもしれない。何せ、シルバーがホロンに確保されそのまま調査部に引き渡されたのが10月31日で、波留が失踪したのが11月8日なのだから。8日間に3回の訪問では、法則性を見出す根拠に乏しい。 1回目の訪問にて、波留はシルバーに事件の顛末を語っていた。その中にはシルバーが把握していなかった構成メンバー「ゴールド」の存在や、確保後のレッドの記憶復元状況が含まれている。調査対象者相手に情報公開し過ぎではないかとの謗りを受けかねない行為ではあった。 2回目の訪問では差し入れを持ち込んでいた。それらは面会室に通される前に調査部による検査が行われ、パスしていた。何の変哲もないピロシキ数個と紅茶入りの水筒――調査結果はそんな感じだった。それらをシルバーは完食しており、彼の拘留室には持ち帰っていなかった。 ちなみにこの2回目の訪問では、何故か波留に付き従う秘書型アンドロイドの姿があった。彼女はその面会室まで随伴しており、シルバーとも当たり障りのない会話を交わしていた。 ログにはその程度の記録しかなかったが、その公的アンドロイドがホロンである事は、ソウタには明白である。彼はこのログをチェックするまでそれを知らなかった。自らの秘書からその事実を訊かされていなかったからである。 もっともこれは波留の失踪が明るみになる数日前の出来事である。このホロンにはかなり高度な対人プログラムがインストールされている。重要な情報ではなさそうな行動を全て逐一報告するような、融通の利かない設定ではなかった。だからソウタもこの未報告については重要視はしていない。 3回目の訪問――これが11月7日の話になる。時間帯から鑑みるに、波留はドリームブラザーズを訪問する前に、シルバーと面会していた。 そして彼はシルバーに対し、またピロシキの差し入れを行っている。どうやら前回完食された事で気を良くしたらしい。彼は笑顔でそれらを持ち込み、少年を何処かうんざりさせていた。 と言うのも、今回は持ち込んだピロシキの数が結構多かったからである。これだけの量を1回の面会で食するには、かなりの大食漢でなければ無理な話だろう。そしてこの食が細い不健康そうな色白の少年には、全く無理な相談だった。結局、調査部の許可を得て何個かは冷蔵庫に保存させて貰う手筈となっていた。 ――と言うのが、調査部に保管されていた面会ログの概略である。監視カメラと警備用アンドロイドが取得した視覚音声データを客観的に視聴したなら、その程度の認識だった。何ら不審な点はない。むしろ波留の行動は無為であり、単に顔を覗きに来ているだけとしか言いようがない。 しかし、波留のその他の足取りを得ているソウタには、また別の解釈が可能だった。 「――ドリームブラザーズと、ここでのピロシキ…波留さん、多分この2ヶ所での料理で自宅の食材をとりあえず使い切ったんだろうな」 ホロンからもたらされた報告を加味し、彼はその結論を導き出す。知り合いに料理を振る舞い喜ばれつつも、おそらくは彼の目的は別にあったのだ。 そしてフジワラ兄弟に飼い猫を預けて不在を告知し、ある程度の身辺整理をしてから出て行った。彼は真意は誰にも明かす事無く、国際空港へと向かったのだろう。 |