電理研の大半は海底区画に存在するが故、昼夜の雰囲気は曖昧である。もっとも正確な時刻を知りたければ、自らの電脳に計時プログラムを起動すれば良いだけの話だった。
 地上区画においては夕陽が水平線の彼方へと没しつつある時間帯において、海底の部長オフィスには部屋の主とその秘書が居合わせていた。
 部屋の主たる部長代理の青年は、黒いモノリス状のデスクに着いている。彼の座席の傍らの壁には、白い松葉杖が立て掛けられていた。それを彼は手の届く位置に置いている。それがこの部屋における定位置だった。
 秘書たる公的アンドロイドが、そのデスクの前に姿勢良く立っている。電理研所属の制服を纏った彼女は黒髪をひとつに結い上げ、穏やかな瞳を眼鏡で覆っていた。
 やがて、彼女は深々と頭を下げる。静かな声で宣告した。
「――それでは、調査結果を報告致します」
「ああ、頼む」
 若き部長代理がそう告げると、アンドロイドの頭が上がる。両手を膝の前に合わせたままの姿勢で直立し、口を開いた。
「本日、マスターのもうひとつの勤務先であるダイビングショップ"ドリームブラザーズ"へと聞き取り調査を行いました」
 ホロンが発したその台詞に、ソウタは無言で頷いた。先を促す。
「対象者は、店舗経営者のフジワラアユム様とユージン様のおふたりです。おふたりは電理研委託メタルダイバーでもあり、今回のテロに付随する案件に冠するログの復元作業を行って頂いております。それだけに、多少の事情は御存知かと推察しておりました――」
 それ以降、ホロンの報告が淡々と続いた。
 ドリームブラザーズ――フジワラ兄弟の元を、旅立つ前の波留は訪れていた。それは11月7日の事である。
 彼はその店舗に食材を持ち込んで兄弟に料理を振る舞った後、自らの飼い猫を「暫く預かって下さい」と言い残していた。彼はその時、ゲージやその他の飼育用備品を携えて、飼い猫を連れてきていたのだ。
 兄弟は波留のその頼みを快諾していた。彼らは以前にもその猫を波留から預かった経験があり、その際世話に殆ど手間が掛からなかったからだ。
 もっともその猫は必ずしも躾が行き届いている訳ではない。ひたすら動かない怠惰な猫だったのだ。だから餌すら準備しておけば、気付いた頃には食している程度にしか世話の必要がないだけだった。
 そしてフジワラ兄弟は、波留の旅立ちを特に何の疑問もなく受け容れていた。
 彼らは波留から特に行き先を訊いてはいない。何故なら、てっきり波留が唐津へ行ったものと思い込んでいたからだ。
 彼らは波留の故郷が唐津であり、自分達の元に居候していた頃に唐津の観光協会から資料を取り寄せていた事も知っていた。その時には「10月までには唐津に行きたい」と波留は告白していたのだ。そして現在は11月初旬であり、当時の宣言から大したタイムラグはない。
 そして波留が電理研から大きな仕事を請けていた事も、彼らは知っていた。彼らがその前段階の仕事をこなして波留に引き継いだのだから、当然の話だった。
 しかしそれ以降、波留が何処まで仕事をこなしていたのかは訊いてはいない。彼らは互いに電理研委託メタルダイバーの身の上であり、それぞれの仕事には守秘義務が付き纏う事を知っていたからだ。だから余計な事を訊いては煩わしいだけだと理解しており、親しい仲であっても仕事については突っ込んだ会話はして来なかった。
 だからこそ彼らは、波留がきちんと仕事をこなした上で電理研から休暇を貰ったものと信じ込んでいた。
 何せ波留が抱えているものはとてつもなく大きな案件だと、彼らは漠然と理解していた。仮にそんなものを終わらせたなら、そのリターンとしてしばしの休暇を申請しても罰は当たらないと思っていたのだった――。

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