ふたりの友人は、雁首揃えて不安そうな面持ちである。ミナモはそれを交互に見渡した。 やがて、首をゆっくりと横に振る。長く垂らした髪を頬に当てつつも、伏し目がちに答えた。 「わかんない」 「どういう事?」 「メール出しても、波留さんから返事来ないから」 ミナモは事も無げにそう言った。さらりとした口調である。 「…へ?」 対するサヤカはぽかんとした。馬鹿のような声を出す。 それは、相当の重症なのではないだろうか。サヤカはそう思った。まさか謝罪しても無視を決め込まれるとは――彼女が知る波留真理の印象を少々悪い方向へと修正すべきかとさえ感じた。憤ったとも表現出来るかもしれない。 それにしては、ミナモの態度はあっさりとしている。昨日までの葛藤は全く感じられない。だから、サヤカとしては自分の感じた思いをそのまま口に出していいものか、迷っていた。 「…それって、酷くない?」 果たしてサヤカを代弁するように、傍らのユキノが端的な感想を漏らしていた。 いつも微笑んでいるかのように目を細めているふくよかな少女だが、現在はその眉を寄せている。口元に手を当てている彼女は、どうやら困惑と共に怒りすら感じている様子だった。おそらくそれは、このショートカットの友人と同様の心境なのだろう。 そんなふたりの友人を前に、ミナモは何処かきょとんとしている。不思議そうな面持ちでふたりを見上げていた。 「…ううん」 やがてミナモは首を横に振る。その頃には、微笑みすら浮かべていた。 「私が今出来る事はしたから、いいの」 そう言い募る表情はとても晴れやかなものである。彼女は本気で吹っ切れてしまった様子だった。 ミナモのそんな態度に、サヤカはますます首を捻る。どうもこの親友は普段から妙な所で達観しているような節がある――2学期が始まった時もそうではなかったろうか?あの時も「1ヶ月以上波留と全く会っていない、連絡を取る術も知らない」とあっさりと告白されたものだった。 あの時には、すっかり波留との関係は終わってしまったものかと思わされていた。好きならもっと相手とやり取りを重ねたいと思うのではないかと、サヤカ自身の実体験と重ね合わせて考えてしまうからだ。 ところは実状は全くそうではなかったらしく、ミナモと波留はまた付き合い始めていた。そして今回の危機を迎えた。 何かをやらかし、悩んだ挙句にミナモは謝罪したが、波留は返事も寄越さない。しかしミナモは最早気を病んでいない――これはまた、9月以来の、解釈が難しいミナモの態度だった。 少なくともサヤカはそう思う。そして傍らのユキノが発する雰囲気からして、彼女も同様の困惑を浮かべている様子だった。 「――ところで、ふたりとも」 そんな雰囲気を断ち切るような明るい声が3人の間に響いていた。渦中の少女が発したものである。 声を掛けた直後、ミナモは身体を椅子から乗り出し、机の通路側に掛けていた鞄を漁る。思わず机の傍に立っていたふたりの親友は一歩引いた。 ミナモはすぐに起き上がった。その時には、右手にピンク色のペーパーインターフェイスを握り締めていた。彼女はそれを顔の前に持ってきて、表面を指先で叩く。タッチパネル方式の操作画面をいじった後、両手でその縁を持った。画面を邪魔しないような持ち方で、前に掲げる。 「ここ、見覚えある?」 そう言われ、サヤカとユキノは携帯端末の画面を揃って覗き込んだ。そこに映し出されている映像を見やる。しかし、ふたりはそのまま眉を寄せてしまう。まるで図ったかのように同時に目を凝らし、更に画面に顔を近付ける。 その画像はどうやら夜景らしいが、判然とはしない。携帯端末付属の撮影機能を用いて撮られたものではあるらしい。フラッシュを焚いて撮影しているのだろうが、それが付近に存在している街灯の灯りとも干渉してしまったらしい。本格的な撮影アプリを使用した訳ではないために、あまり良い画像環境とは言えなかった。 ふたりの友人が顔を突き合わせて迫ってくる格好になったミナモは、端末を掲げたまま思わず軽く引いてしまう。仰け反った背中が椅子の背もたれに当たるのを感じた。 「アンティーク・ガルの近所なんだけど…」 呟くようにミナモは、その情報をふたりに開示する。その言葉に、サヤカは顎に右手の人差し指を当てた。顔は端末の画面に向けたまま、思考は別の方向へと向かわせる。 彼女は自らの電脳でメタルに接続する。視界に捉えたその画像を電脳に取得し、その情報を元に検索を開始した。メタルに散らばる人工島各所の撮影画像を対象として、近似する光景を捜し当てようとする。 無論、彼女は普通の女子中学生である。専門の探査プログラムなどは保持しておらず、専ら一般領域の無料ツールを使用していた。だから検索にも限界がある。かろうじて街灯の形状には類似する情報がヒットしたものの、彼女が辿り着いた情報はその程度だった。 確かにアンティーク・ガルの所在地付近に走る旧メインストリートに付帯して立ち並ぶ街灯と同じものらしい。しかしミナモの撮影画像は鮮明でないため、確証は得られなかった。捜査用の専門プログラムなどで画像補正をすればもう少し多くの情報を得られたかもしれないが、それは彼女の限界を超えていた。 サヤカは首を横に振る。覗き込む画面から顔を外し、前屈みの体勢をゆっくりと起こした。ふと隣を見ると、既に身を起こしていたらしいユキノが首を傾げている。どうやら彼女も女子中学生の限界は超える事が出来ていない様子だった。 「確かにアンティーク・ガルの近所ではあるようだけど…」 ユキノの口からそんな声が漏れる。半ばで立ち消えたその台詞が、彼女の心情を外部にも現していた。その結論に、確証が持てないのである。 「私達、この辺行った事あるかなあ?」 ミナモの声も困ったような響きになっていた。どうやらふたりに確実な答えを期待していたらしい。しかし現状ではそれは叶えられていない。 サヤカとユキノも、その親友の雰囲気を感じ取っていた。おそらくはミナモは、電脳化している自分達に何かを求めている。 だが、ふたりは困ったように顔を見合わせた。電脳化していても、掴む情報は必ずしも確実ではない。事前に記憶に留めようとしていなかった風景情報は、自らの電脳にはログとして保存出来ていないのだから。 となると、頼るべきは電脳化に関わらない領域である。サヤカとユキノは無言のうちにその共通の結論へと行き着いていた。ふたりして考え込む。 「――と、言ってもねえ…」 「行った事はあるかもしれないけど…」 メタルの情報と違い、人間の記憶は曖昧である。そして彼女らの記憶にこの画像の光景は存在しない。しかし、だからと言って「行った事がない」と明確に否定も出来なかった。だから、ふたりは首を捻る他ない。 「――たまに横道行ったりした事あるよね?」 そこに、ミナモから質問の声が飛ぶ。それにふたりの記憶は刺激された。 確かにミナモが指摘するように、探検と称して旧メインストリートを外れた付近を歩き回った記憶はない訳ではない。しかし彼女らの興味を惹くめぼしいショップは周辺に存在せず、結果的に旧メインストリートの訪問目的はアンティーク・ガルの一択となっていたはずだった。 「――…まあ、そんな事もあったけどさ。でも、この画像の辺りかは、わかんないよ」 結局サヤカの返答は当たり障りのないものとなっていた。どうとも判断出来るような逃げの部分を含めている。実際に、行ったかどうかも覚えていないのだ。彼女は嘘はついていなかった。 「うん…ありがとう」 かろうじての返答を得たミナモは、それでも満足そうに頷いていた。感謝の言葉を述べ、はにかむように笑った。 そんなミナモを前にして、サヤカとユキノは思わず顔を見合わせた。ミナモはまた独りで勝手に何かに納得してしまったらしい。問いを投げつけた肝心のふたりを置き去りにして――その状況をふたりして感じ取ったからだった。 「――…で、ここが一体何なのさ?」 怪訝そうなサヤカの問いにも、ミナモは相変わらず微笑んでいた。何も声を発しない。 要領を得ないミナモにサヤカがもう一度問おうとした時に、丁度チャイムが鳴り響いていた。始業の合図である。 そしてすぐに担任の教師が教室の扉をくぐる。彼女の声に、生徒達は賑やかに自らの席へと戻っていった。 サヤカとユキノもそれに従わざるを得ない。後ろ髪引かれる心境ではあるが、自分達の席へと向かった。ちらりとミナモを見やるが、彼女が湛える雰囲気はすっかり朗らかなものとなっていた。 ――やっぱり、さっぱり、あの子は判らない。 サヤカの感想は、その一点に絞られていた。 もっとも、最早何も気に病んでいないのならば、それはそれでいいのかもしれないとも思っていた。たとえそれが、本当に波留の事を吹っ切れてしまった事に由来するにせよ。 |