人工島の教育カリキュラムは実技学習を重んじる。メタルへの常時無線接続が社会の基幹システムを構成しているために、従来の詰め込み型教育は意味を成さないからである。
 そのために中学生と言えども3年生ともなれば、教室に全員が揃う日ばかりではない。各自の将来の希望進路に合わせた活動が学習要項の一部として取り入れられているからだ。
 11月に入れば既に進学先に従事し中学校には滅多に顔を見せない生徒も少なくはあるが存在はしていた。これが3学期を迎えれば教室に空席が目立ち始めるのが通例であり、全員が揃うのはそれこそ最後の在籍日たる卒業式となる教室も珍しくはなかった。
 休み明けの月曜の朝、人工島中学校3-A教室には女子生徒が続々とやってきている。彼女らの大半は教室の扉をくぐっては顔見知りの生徒やクラスメイト全体に向かって笑顔で挨拶をし、仲の良いグループに合流してゆく。そこで日曜の成果などを口々に語り合っていた。それは、いくら社会技術が進歩しようとも、古今東西変わらないであろう15歳前後の女子中学生の光景だった。
 今もまた、ひとりの少女が姿勢良く闊歩して教室の敷居を跨ぐ。彼女は平均よりもそこそこ身長が高く、ショートカットの茶髪がスポーティな印象を醸し出していた。制服を肩口まで捲り上げ、そこから露わになっている肌の小麦色も、快活なイメージを増幅させている。
 その御子元サヤカは他の殆どのクラスメイト同様に全体に朝の挨拶を加えた後、自分の席へと足を進めてゆく。その視線の向こうに、既に先着していた親友の姿を認め、自然早足になっていた。
「――ニャモ、おはよう」
 サヤカはその少女に対し、笑顔で声を掛ける。彼女特有の愛称で呼び掛けた。言いながら、その背中に軽く手を落とす。ハイタッチするような仕草だった。
 その時、蒼井ミナモは自らの机に突っ伏していた。サヤカよりも若干色濃い褐色の髪には相変わらずピンクのリボンが鎮座していて、ちゃんと起き上がっているそれが持ち主自身とは対照的だった。
 サヤカに背中を軽くはたかれた格好のミナモは、反射的にその背を震わせる。不明瞭な声を漏らし、ゆっくりと少しだけ顔を上げた。親友の少女の前に、その顔を晒す。寝ぼけ眼がサヤカの前に露わになった。
「何、お疲れ?」
「うーん…昨日色々あって、帰ったのが遅くって…」
 立ったまま見下ろす格好のサヤカに、ミナモは机に顔を寄せたまま瞼を擦る。目元に掛かる前髪を鬱陶しげに払った。
「ふーん…」
 ――何が色々あったのだろうとサヤカは思う。しかし、つくづく眠そうなミナモからは、その真相を推し量る事は出来そうになかった。
 しかし、ミナモは昨日には何をするはずだったのか。先日、アンティーク・ガルにて会話を交わした際の結論を思い出せば、サヤカにもそれは判っているつもりだった。
 ゆっくりと、サヤカは右腕をミナモの机に突く。掌を真っ直ぐに押しつけた。その傍らにはミナモの顔がある。
「――…あのさ、ニャモ」
「何?」
 サヤカに声を掛けられる中、眠気を懸命に振り払おうとするように、ミナモは瞼を擦り続けている。何せ昨日は早朝から外出しておいて、帰宅は日が代わる頃だったのだ。休日の日曜とは言えども、多少無茶をし過ぎていた。
「波留さんには、会った?」
 上から届いたその声に、ミナモは瞼を瞬かせていた。唐突に出されたその個人名に反応を見せている。
 彼女の瞳から眠気の成分が掻き消えた。ゆっくりと身を起こす。上体を引き上げ、ちゃんと椅子に腰掛けた。机に突かれたサヤカの腕を手首から辿るように、視線を上へと向けてゆく。サヤカと視線が合った。
 その向こうから、ふたりの方へと黒髪の少女が歩いてくる。ふたりやクラスメイトと比較すると多少ふくよかで色白なその少女は、普段通りに微笑みを浮かべて可愛らしい声で朝の挨拶を口にしていた。
 そこに、サヤカの口からミナモに向かい、言葉が突いて出た。
「ちゃんと――謝れた?」
 何処か諭すような口調だった。それに、歩み寄ってきていた伊東ユキノは足を止める。サヤカは主語を廃した台詞を述べている。ミナモに対しては先の台詞でその主語を表明している。
 しかしふたりのその会話を途中から聞き及んだ格好のユキノも、その主語を悟っていた。一昨日の日中の出来事が彼女の記憶を呼び覚ましたからだった。
 現在のサヤカの表情は真剣そのものである。しっかりとミナモを見据えていた。
 彼女がその人物の話題をミナモの前で出す時は、大抵からかい半分だった。彼らの交際が果たしてどんなものなのか、何処まで遅々として進まないのか、それを歯がゆく思いつつも楽しんでいたからである。
 しかし、今回ばかりは楽しんでいる場合ではないと一昨日の段階で悟ったのだ。ミナモは波留に対して何か謝らないといけない事をしでかした。だから会うのを怖がっている――そんな状況を告白されたからだ。

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