結局、ホロンが捜し当てた「波留の自宅」とは、旧メインストリートから若干外れた場所に存在する一軒家だった。 こじんまりとした古びた家である。おそらくは立地からして、人工島入植開始当時に建設された地上区画住宅なのだろう。 地上区画には住宅に広い面積を確保出来ない人工島らしく、その敷地も広くない。しかし独りで住むには若干の余裕があると思われた。逆に家族で住むには手狭のようで、だから余裕がない地上区画だと言うのに波留が入居するまで適当な家主が居なかったのだろうと推定された。何せ地上区画と言うだけで地価が跳ね上がるのが、人工島の住宅事情である。独り身の人間が住居として借り受けるなど、余程の物好きでなければ常識的にあり得なかった。 門扉の前に立ち、ミナモは辺りをきょろきょろと見渡している。この辺は普段は歩かない通りである。だから、記憶にない風景が続いている。アンティーク・ガルから少々歩く距離なのだから、波留がここに住んでいたのならば、出会っていなくとも当然かもしれないと思った。 しかし――ユキノとサヤカと、探検と称してこのメインストリート周りを歩き回った事はなかったろうか?普段行かない場所に掘り出し物のような場所がないか、好奇心の元に探索した経験はあったはずだった。 もしかしたら、ここだって1度は来た事があるかもしれない。この辺の風景に見覚えがないのは、単に自分の記憶が薄れているだけなのかもしれない――ミナモはそんな事を思う。電脳化していない彼女の記憶は曖昧である。 もし――私が電脳化していたら、この風景を覚えていたのだろうか? 古い門構えを見やりつつ、ミナモは何処か後悔めいた感情を覚えていた。付近の街灯の数はメインストリートよりも少なくなっている。家主不在の玄関には灯りもつけられておらず、遠くからの街灯のぼんやりとした光源に視界を頼るばかりだった。 「――ミナモさん。それでは鍵を開けたいと思います。立ち会って下さいますか?」 ホロンの声に、ミナモは思惟を中断される。隣を見やると、そこに立つ公的アンドロイドがコンソールに手をかざしている。淡い光を遠くから受け、掌に影が射している。 「鍵、あるの?」 「賃貸業者から借り受けました」 ミナモの疑問にホロンは淀みなく答えた。コンソールにかざされた手はそのままである。 どうやら古い門扉と言えども人工島のセキュリティの枠内から外れていないらしい。趣のある門扉に似合わずリアルの錠前と鍵のセットではなく、コンソール経由で解除キーを送信して開錠する方式のようだった。 そしてホロンはその解除キーを、業者からメタル経由で受け取っているらしい。ミナモはそう推測したが、ではどう言った方便でそのセキュリティパスを得たのかは尋ねなかった。 やはり電理研統括部長代理の名の下に借り受けているのだろうか?なら、もう結構な大事になってはいないだろうか?――そんな事を思わないでもないが、自分が口を挟む事ではないと思った。自分などよりも、ホロンや彼女を使役する兄の方が思慮深いはずなのだから。 手をかざしたままのホロンを横目に、ミナモは隣に立つ。両手を膝の前に合わせ、指を絡ませた。その表情は困惑気味である。唇を小さく開け、ぼそぼそと呟く。 「――私なんかが、入っていいのかなあ…」 少女の思考にはそこが引っ掛かり続けている。何せ家主の許可もなく、家の中に入るのだ。 確かに、現状では家主側が責めを負うべきであり、それによりこちらが迷惑を蒙っているが故のやむを得ない介入でありプライバシーの侵害ではある。しかし正規の調査員でもないミナモにしてみたら、この行為はあまり好ましい印象を受けない。 しかも、ミナモとこの家主とは、全くの他人ではない。それどころか、好感を抱いている人物なのだ。そんな彼の「秘密」を垣間見れるかもしれないこの状況に、中学生の少女は平静を保てはしなかった。 ミナモは、波留のプライベートは海にしか向いていないと今まで思っていた。それこそが波留なのだと理解していた。それは疑う余地はないだろう。 だが、彼は紛れもない人間である。海への興味のみで生きている訳はない。あまりに大きな「海」に隠れている他の何かを覗き見出来るかもしれない――今回のこの家捜しで、その望みが叶えられるかもしれないのだ。 しかし、だからこそ、その下世話な好奇心を、彼女は自分の中で恥じていた。こんな非常時だと言うのに、そんなものが沸き上がって来る自分を許せない気分があった。 「ミナモさんだからこそ許されるのではないでしょうか?」 「…そんなの、波留さんに訊かなきゃわかんないよ」 ある意味人間を気遣っているような台詞を用いたアンドロイドの述懐に対し、ミナモの口から小さな声がした。少女の声には、何処か拗ねたような響きがある。 しかしそれにホロンは答えない。それ以降、沈黙を貫いた。 やがて、がちゃりと門扉が開く。解除キーが作動し、コンソールが一瞬光を発した後に、その光も消失した。辺りは遠くの街灯からの薄明かりに照らされるのみである。 |