奇妙な沈黙がカウンセリングルームを満たしていたが、そこに再び自動ドアが開いた。
 先程のAI達の来訪とは異なり、誰何もなしにいきなりである。それは闖入であり全く礼儀がなっていないのだが、黙り込んでいたミナモには驚く余地は残されていなかった。
 少女は只、その扉の方を見やる。その行動は向かい合っていた久島の義体と一致する。通路の前に立っている格好だった彼は、首を巡らせて振り返っていた。
 その久島の陰になっているその人影を、ミナモは認識した。途端、その名を叫ぶ。
「――ソウタ!」
「…統括部長代理か」
 淡々とした久島の声が、ミナモの言葉を追認する。彼らが呼んだその人物が、自動ドアの向こうに立っていた。癖の強いまま切り揃えられた黒髪が、久島の陰で揺れている。そして久島の声が述べた地位を表すように、青年は電理研の制服の上から白衣を纏っていた。
 同じ人物を指す言葉を発した後、久島の義体は一歩引いた。通り道をその黒髪の青年へと空ける。磨かれた革靴が白い床を捉え、違和感なく重心が移動する。
 それに促されるように、ソウタはこのカウンセリングルームへと足を踏み入れた。しかし彼の動作は滑らかではない。不規則な音が追随する。彼は右腕に松葉杖を装着しており、右足を庇いながら歩みを進めていた。
 その歩みを、ミナモは心配そうな面持ちで見やっている。久島の義体は彼女の顔をちらりと見て、それからその視線を追った。部長代理の青年の足元を見た。
 ソウタが松葉杖をつくようになってから、4ヶ月弱にもなる。元々身体能力が高かった青年なのだから、杖の操りにも慣れは見えてきていた。多少のもどかしさはあるものの、差程違和感なく目的を果たす。彼にとっての上司へと向き直った。
 杖を突き直し、立ち位置を確保する。そしてソウタは笑い、久島の義体へ話しかけた。
「――…先生。良く回復されました」
 その青年が浮かべる表情は、泣き笑いにも似ている。単純な笑みではない。様々なものが心中に去来しているようだった。それは、先程のミナモの笑みを思い起こさせる。やはり彼らは、血を分けた兄と妹なのだろう。
 久島の義体は蒼井ソウタよりも数センチ背が高い。加えて現在のソウタは杖を突いているため、健康体とは若干姿勢が異なる。そのために義体は青年を見下ろすような格好になっていた。
 義体特有の紫色の瞳が無感動に青年を見ている。感情の奔流を懸命に押さえ込もうとしているものの、そこから漏れ出てきている青年の顔を見下ろしていた。
「…私は、久島永一朗ではない」
 やがて義体が発した台詞は、それだった。
 それは淡々としていて、ぶっきらぼうに発せられている。
 そのやり取りは、彼らの間では定期的に行われている。それこそ妹のミナモが「彼」を人間扱いしたがるが如く、兄のソウタは「彼」を「久島永一朗」と同等の存在として扱いたがっている様子だった。
 そして妹への対応と同じく、彼は「先生」と呼ばれる事を否定するのが常だった。
 今回もその台詞を寄越されたソウタは、苦笑いめいた表情を浮かべる。そしてそれ以上は食い下がらない。そこは妹とは異なる。彼にとって、その否定までが1セットの行動なのかもしれなかった。
 そんな青年の微妙な表情に、義体は冷徹な視線を向けている。瞳に湛える紫が、深みを増した。
 
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