大戦やそれ以降の小競り合いの中、大陸の各所にて線路は寸断された。交通インフラは破壊され、その修復は大都市圏に限られている。紛争が単発的に続いている地域では工事の安全が確保出来ないし、そうでなくとも予算が足りない地域が大半なのである。 線路に対する破壊工作の目的とは、大規模輸送の阻止である。線路の一部を爆破などして破壊してしまえば、それだけでそれ以降への物資の輸送は滞る。交通インフラとは、都市攻略における重要目標だった。 インフラ破壊の面においては線路ばかりか舗装路も攻撃される事もあるし、戦闘の巻き添えを食らう回数は更に増える。 しかし乗用車とは偉大なもので、多少路面が悪かろうと車体さえ無事ならば走り続ける事は可能だった。舗装すらされていない、土や岩肌が剥き出しの悪路だろうとお構いなしである。 そして前述したように中国とは、輸送第一乗り心地第二以下と言うお国柄だった。とにかく乗客や荷物を目的地まで運んでくれさえすればいいのである。その目的が達せられるならば、乗客は文句を言わない。 波留が乗る長距離バスの乗り心地は、世界水準で考えたならば最悪の部類に入っただろう。停留所が殆どないからか、がたがたの道だろうが全くスピードを落とさないのである。このバスが停まったのは、列車としての停車駅が配置されているいくつかの街のみだったのだ。 一定の高速を保ったままなのに道路の凸凹にタイヤを取られて転覆事故を起こさないのは、ひとえに運転手の腕のなせる技なのか、或いは運試しの成果なのか。外国人である波留には判別出来なかった。 そんな状況においても、たまに船を漕いだ挙句に居眠りが出来ている彼は、外国人だと言うのに相当な度胸の持ち主なのかもしれない。 荷物を膝の上にしっかりと載せて抱え込んだまま、窓の外を見やりながらもふと寝落ちした事が数回。終点の都市に到着するまでの約半日を、彼はそうやって過ごしていた。 ――航空機に列車に…本当に、自分は何処まで眠るのだろう。 幾度目かの目覚めの末には、彼はそのような感想を抱いていた。 眠りにより汚れたとおぼしき目許や口許を拭いつつ、彼はそこに苦笑を浮かべる。馴染みない完全なる外国だと言うのにこの体たらくとは、僕は結構図々しいのだろうかと自省していた。 その間、道路は舗装路と悪路とを交互に通過している。乗り心地は大半の場所で悪いままであり、デリケートな人間ならば酔った挙句に吐きかねない乗り心地だった。 実際にこの車内には、微かに酸っぱいような臭いが漂っている。これは以前の残滓なのか今回誰かが吐いてしまったのか、どちらかだと思われた。 車窓の風景も、大半が先程の列車からの眺めと変化していなかった。荒涼とした埃っぽい大地に、立ち枯れた木々が点在している。通行してきた車によって踏み固められているのか、たまに大地には轍が延びていた。 そして稀にその先に、建物が垣間見えた。しかし、流れる車窓から見た限りでは、そこに人影は見当たらない。遠目からも判りそうな車の動きすらも捉えられなかったのだ。 おそらくは、住民達は荒れ果てたその地を捨てて新天地を求めたのだろう。 それは度重なる戦闘に巻き込まれる生命の危険を嫌ったのか。或いは漸次的に進行していったと思われる降雨不足や地下水の枯渇によりインフラが成り立たなくなったからなのか。どちらの可能性も考えられる。そして、そんな大地になってしまっている事に、波留は何とも言えない心境に陥っていた。 だから、眠ってしまっていたのかもしれない。そんな光景は目の当たりにしても面白味がないのだから。 そして、その時折に、彼の頭にはノイズめいたものが走っていた。当初、それは頭痛の一種のように感じられ、顔をしかめて額に指を添えて堪えていた。 しかし、普通の頭痛ではないような気もしていた。まるでメタルに接続している際に時折脳に掛かる負荷にも似ている感がする。だがこの大陸の北方においては、メタルは有線接続だと訊いている。人工島のように無線で自覚なく繋がる訳がない。 彼はそう結論付け、眉を寄せた。そしてがたつく車体の揺れに意識を向け、眠ってしまおうと思い、幾度目かの瞼を伏せる行為に出る。 そんな、車中の半日だった。 |