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ホロンの参入がミナモの心に余裕を取り戻させたのは事実である。やはり初対面の人物に詰問され、しかもその詰問には明確な根拠があり非は自分の側にあると言う状況では、いくら元気な少女と言えども心細いものはあったからである。 ミナモはホロンの存在に安堵していた。あの流星群の夜について、真相を語る事には一抹の躊躇いはあったが、嘘や誤魔化しは誰の利益にもならないと思い至っていた。調査員を始めとした事件の真相を明らかにしたい人々は勿論、あの晩の当事者たるミナモやAIにとってもだと判断する。 だから、それからのミナモは訥々とあの晩の出来事を語っていた。数日前に流星群の襲来を知り、そのピークの21日に、そのAIに流星群を見せたいと思った事。人工島の電力制限に乗じて病棟に居残る口実を作り、21時頃に久島の義体を起こし、着替えさせて病室から連れ出そうとした事。 そしてその際に、事態の発覚を危惧したそのAIが、手持ちのプログラムを用いてセキュリティシステムをクラックした事――。それにより彼らは監視カメラを欺き、また屋上への扉も開錠していた。 その辺りについては、ミナモはメタル技術に疎いため、AIが語った言葉の又聞きを語る他ない。それも未電脳者の彼女が全て記憶している訳もなく、何処かうろ覚えで説明に詰まりながらもどうにか喋る事になっていた。 「――つまり、あのAIがセキュリティシステムをクラックしたと、あなたはそう仰る訳ですね?」 要領を得ないミナモの語りだったが、どうにか屋上へと至る終着点へと流れを導いていた。それを黙って訊いていた調査員は腕を組んだまま、そう結論付けていた。 「はい…」 調査員の言葉に、ミナモは俯き加減にそう答えていた。無遠慮な視線に背筋を縮こまらせる。しかし、自分が厳しく冷たい視線を送られるのも当然だと思っていた。自らの軽率な行動が結果的にこのような大事件に発展したのだから。 そんな少女を眼前に、調査員は溜息をついた。――この子は嘘はついていないだろう。記録した声紋をポリグラフプログラムに掛けたなら、その真偽はある程度は判断出来る。しかしそれを実行するまでもなく、彼女はミナモが自分なりの真実を語ったのだろうと認識していた。 未電脳化者らしくメタルには本当に疎い口振りであり、何よりここまで弱り切った態度を見せているのである。仮に、これらすらも演技だとすれば、彼女としてはむしろ調査部にスカウトしたい気分だった。 「――でも、AIさんは私のためにやってくれました。AIさんは全然悪くないんです」 ミナモは必死にそう告げていた。――あくまでも言い出しっぺは自分であり、AIさんはその無理を利いてくれただけに過ぎない。どんな誤解を受けようとも、そこだけは明確に伝えたかった。これ以上あのAIが人間に糾弾される所など、ミナモは見たくはなかったのだ。 そんなミナモに対し、調査員は首を傾げた。眉を寄せ、腕を解く。膝の上で指を絡ませ、両手を組み合わせた。怪訝そうな視線をミナモに送り、短く告げる。 「当然です」 「え?」 調査員の断言に、ミナモは不思議そうな顔をした。口を小さく開けて声を上げる。 少女のその態度に、調査員は今まで感じていた違和感の正体を見切った気がした。だからこの少女は今まで口篭っていたのかと思った。それは下手を打った自分を偽るためではなかったのだと知る。 しかしその考えは、人工島の住民として染まり切っているこの女性には馬鹿馬鹿しい代物だった。未成年者ならば人格的にも未熟であり、妙な感情移入を持っても仕方がないのだろう。しかしそれは誤りであると、年長者として指摘を入れる事とする。 「AIとは人間の指示に従う存在です。彼らは自由意志など持っていません。そのAIがあなたのために動いたのは、あなたの意志を汲んでの事でしょう」 「…そんな」 ミナモは明らかに失望の色を見せていた。要はこの少女は、自分ではなくそのAIを庇おうとしていたのだ。その気持ちと嘘をつく事への罪悪感がない交ぜになり、真相への告白を躊躇ったのだろう。 しかしその考え方は、実は全く意味を成さない。「AIとは人間に奉仕する存在」である。たとえAIが何かを実行したにせよ、それは傍らの人間に拠る行為と扱われるのだ。 AIとは技術面などで人間をサポートする存在であり、道具に過ぎない――その監督責任は人間に発生するのが社会通念であり、法的根拠でもある。少なくともこの現代社会においてはそれが常識であり、多数派だった。この調査員もそれに則ってミナモを諭している。 傍らに控えているホロンは、膝の前で両手を揃えて穏やかに姿勢を保ったまま立っている。美しい立ち位置であり、秘書として待機状態にあるような状態だった。 彼女はミナモと調査員の会話を聴覚で捉えているが、それに口を挟むような事はしていない。柔らかな微笑を浮かべたまま、自らの電脳に彼らの会話を記録していた。 その会話がAIの存在意義と言う自らの根幹に触れるような内容に至っても、彼女の態度は一切変化しない。その態度はあたかも調査員の「AIとは道具に過ぎない」との意見を肯定するかのようだった。 そして沈黙が下り、会話は途切れたままとなる。調査員側としてはミナモから訊ける話は全て引き出したと思った。これ以上突付いても何も出てこないだろう。そう考え、彼女は膝に両手を広げた。そこに手をついてゆっくりと立ち上がる。 「――御協力感謝します。あなたの視点からの情報は、我々の調査の助けになるでしょう」 立ち上がるついでに、ミナモに対して軽く頭を下げる。あくまでも礼儀の一環程度に会釈をして見せていた。腰に手を当ててスカートの皺を伸ばす。 その態度に、ミナモは慌てて席を立った。踵が椅子の脚を捉え、軽い音を立てる。その脚が後ろ側に引き摺られて床と摩擦を起こした。 「あの」 「くれぐれもこの一件については、誰にも口外しないようにお願い致します」 椅子の音に紛れてミナモの短い声がする。調査員はそれに気を留めるでもなく立ち上がる。姿勢を整えた後にミナモに深く一礼していた。それは調査対象者への礼儀を逸しない態度ではあったが、何処となく慇懃無礼とも取れる一礼だった。 定型句を用いた挨拶を残し、調査員は部屋の出入り口へと向かってゆく。それを見送るホロンは深く頭を下げていた。彼女もまた、秘書としての態度を保っている。そんなふたりをミナモは呆然と見ていたが、靴音が遠ざかるに従ってようやく我に帰る。 「…あの!」 強い声がミナモの口から漏れた事で、調査員の歩みはようやく止まっていた。首を巡らせてミナモ達の方を振り返る。 「何でしょう」 呼び止められてくれた調査員の女性の顔を、ミナモは遠巻きにするように見た。胸に手を当て、不安げな表情を浮かべて少女は尋ねる。 「…私、とんでもない事しちゃったんですよね?」 その言葉に調査員はじろりとミナモを見やった。その視線にミナモは怯む。自覚はあったが、やはり自分はこの調査員の気分を害しているらしいと勘付いていた。 「じゃあ私、何かお詫びしなきゃ」 「…AI同様に、未成年者のあなたには責任は問いませんよ。安心しなさい」 押し黙っていた調査員だったが、そんな答えを返していた。しかしその台詞からは、ミナモにはこの一件に重大な責任を認めている様子が窺える。未成年者だからその責任能力を認めないだけであり、重大な過失を犯した事実は消えないと言いたげだった。 ミナモ自身も、相手が言わんとする事を理解する。ならば、追求されないのが何処か気持ちが悪い。その気持ちをそのまま口に出した。 「…じゃあ、一体どうなっちゃうんですか?このままで終わっていいとも思えないし」 その言葉に、調査員は一瞥を残す。冷静な態度の中にも不快さは現れたままだった。そして彼女はその視線をついと逸らす。再び正面を向いた。彼女が進む先だった引き戸を見やる。 「然るべき立場の人間が責任を取る事になるでしょう。あなたの代わりにね」 「――それって」 ミナモの答えを待たない。調査員はそれ以上言葉を遺す事もなく、取調室として使われた病室を後にしていた。 ミナモはその背中を呆然と見送っている。彼女の視界で引き戸がゆっくりと締まり、自動的にロックが掛かっていた。 |