波留は、その言葉を、自身の親友の記憶と知識を受け継いだ意志を有するその存在へと、叩き付けていた。
 それを受け止めた瞬間、確実にそのAIの思考は、停止した。



 …彼は、私の事を心配してはいなかった。
 あの叫びは、彼の親友の――私のオリジナルに向けられたものだった。
 だから彼は、その名を叫んだのだ。

 彼が私の事を「久島」とは呼んだ事など、今まで一切なかった。そしてそれは、これからもそうだろう。彼の中で、「私」と「彼」は、明確な区別がつけられている。明らかに差別されている。それが、統括部長代理やこの少女との明確な違いだ。
 そもそも彼は私に、固有名称すら与えていない。他人行儀に「あなた」と呼びかけるだけだ。「先生」と呼ぶ部長代理や、「AIさん」と呼ぶあの少女とは、明確に違う。

 彼にとって私は偽物だ。「久島永一朗」の脳核を守るためだけの人工物だ。そこにパーソナリティなど求めていない。
 
 そう考えるのが妥当だったはずだ。
 良く考えれば、あの時点でそれが判っていたはずだったのに。私は彼に、何を期待していたのだ?何かを期待しようとしていたのか?

 ともかく、私があの時抱いた歓喜とは――。

 ――紛れもなく、紛い物。



 狭窄した義体の喉を、声にならない空気の流れが、微かに通り抜けてゆく。
 
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