ミナモは兄との再会を果たした後、大人達が犯人を問い詰めに行くのを遠巻きにして見ていた。 その犯人はレッドと言う名で、彼女とも会話を交わしていた立場の男だと知っていた。しかし彼女が介入するような事でもない。呼ばれたら行くつもりだったが、彼女はそう言う状況にはなかった。 ちらりと別の壁際を見やる。そこには他の3名の犯人が拘束されており、見張りのようにひとりの病棟スタッフが立っていた。事態は沈静化しつつあると、少女にもその雰囲気を嗅ぎ取っている。 そんな状況だったのだが、不意にレッド達を取り囲んでいる大人達が慌しくなっていた。その中に混ざっている波留とソウタも厳しい表情を浮かべている様子で、病棟スタッフに指示を仰いでいる。 そのうちに彼らは壁際のレッドの腕を取り肩に預けて立ち上がらせ、引き摺るように歩かせる。病棟スタッフを中心に、レッドを処置室へと運んで行っていた。何かが起こったんだろうとミナモはぼんやりと見ているが、自分には何も出来ない事を知っている。だから、溜息をついた。 ふと視線を感じる。ミナモは傍らに居る久島を見やった。彼は視線をレッドや波留達に送っており、静かに見守っている。その態度は、現状の慌しさになっても変化していなかった。 そんな義体の横顔を見下ろしつつ、彼女の視線はそこから降りてゆく。スーツを纏った上体をなぞり、肘掛けに置かれた腕へと至った。 そして彼女は思い至り、義体の傍らに屈み込む。義体の右手に優しく触れた。その感触に、義体は視線を落とす。熱感知は備わっていないために単なる触覚しか感じられないが、視覚により少女の柔らかな肌を補完する。 ミナモは義体の顔を見上げた。微笑み、言う。 「――爪、やっぱりテーピングしましょうか」 少女からのその台詞に、久島はその顔を見やった。1時間も経っていない頃の会話を思い出す。ミナモは、久島の割れた爪の面倒を結局は看ていなかった。それを今やろうとするのだろうかと思う。 しかし循環液が爪のひび割れを埋めている事を、彼は把握していた。こうなれば、数日は強度は落ちるだろうが、放置していても修復は進むはずである。その上から敢えて人間用のテープを巻きつけておく必然性は感じられない――義体は理論的にその結論に至っていた。 だと言うのに、ミナモの顔を見ていると、何故かそれを言い出せなかった。自らがやるべき仕事を見出した少女の顔が眩しかったのかもしれない。 「…ああ。お願いしようか」 「はい!」 義体の言葉に、ミナモは笑顔で頷いていた。リボンを取り払い、伸ばすに任せた褐色の髪が揺れる。首筋から肩に掛けて垂れ下がってきていた。 少女は照れたように笑い、その場に立ち上がる。処置用のテープは病室に置いたままであるため、その旨を久島に告げて元気な足取りでメンテナンスルームの出入り口へと向かっていた。 そんな少女の背中に、義体は光が煌くのを見ていた。先程の波留の時同様に、外からの陽光が射して来ているのだろうと考える。視覚プログラムによる瞳孔補正に任せた。 遠ざかる背中には制服のセーラーが翻っている。そこに相変わらず光がちらつき、彼は眉を寄せた。 その時、彼は不意に視界に違和感を覚えた。ちらつく光が、少女の背を追っているような感覚がした。先程から感じ続けているその光は現実のものではなく、彼の視野のみに出現しているポインターめいた光線である可能性を抱く。 ――…トレース?私の意志とは関係なく? 目を細めつつ、久島の義体はそんな疑念を抱いていた。まさか誰かが自らの電脳をハックして視界を利用しているのかと思ったが、そんな可能性は無きに等しいはずだった。 元気に走りゆくミナモの背中から、その光点が不意に外れる。まるで久島に指し示すように、入口の方向に先行する。 光点がその入口に留まり、中空を舞っている。 彼はそこに、踊り込んで来る人影を見出していた。 |