多少のごたごたはあったものの、少女の手によって長い髪をいつものように後ろに結ばれた波留は、今度こそミナモに一礼を残し、瞼を伏せた。僅かに沈黙し、そのまま硬直する。 しかし、それはすぐに解けた。俯いた顔に瞼が上がってゆく。口許を結んだまま、顔を上げた。そこに表情はない。 ミナモは彼の顔に、明らかに今までの波留とは違うと感じていた。容貌は本当に波留そのものなのだが、彼女が感じる印象の違いはそれを否定して余りある。 「――それでは、行って参ります」 彼は胸に手を当て、抑揚のない声でそんな台詞を発していた。軽く頭を下げ、再び上げる。デフォルト設定のAIが人間に対して見せる礼儀がそこにあった。 波留と容貌が同じならば、声質も全く同じである。しかしミナモは、何処となく他人に接するような気分で手を挙げた。問い掛ける。 「あの、どちらに?」 「私を狙撃した人間の確保です。電脳を落としたとは言え、所在を押さえて物理的に拘束するに越した事はありませんから」 それは波留が事前に語った「この義体にやってもらう事」の補足説明だった。そしてそれは理に適っている行動だった。 身体を動かせなくなるほどの電脳への攻撃を継続させては、電脳に深刻なダメージを与えかねない。後遺症が残る危険性も増す。だから、この場においても、レッド達に対するジャミング攻撃は早急に終了させ、電脳を部分的に麻痺させるジャマーデバイスと物理的な拘束に切り替えたのである。 ブレインダウンや電脳死に至らしめても構わないのならば、攻撃を継続させても構わない。しかし波留やレッド達は、そこまでの外道ではなかった。 今回の場合、波留は名も知らぬ狙撃者に対しても一撃を加えた後にそれを弱めている。電脳に制限を加えた上で、そこから読み取った情報から両腕が義手と知り、そこにクラックを掛けて機能を完全に殺していた。その結果、銃を撃つ事は出来なくなっているはずだった。それ以前に与えた強烈な一撃は未だに電脳に浸透しているはずで、立ち上がる事も出来ないだろう。 しかし、放置していては徐々に回復するはずだった。逃げられては困るし、この事件を極秘のうちに収めようとしている以上、変に暴れられて存在が発覚しても困るのだ。 だから、そうなる以前に狙撃主の元に義体を派遣して拘束する。何故波留の義体かと問われるならば、極秘裏に動いているのだから参加出来る人員が圧倒的に足りていない事情があった。 しかし、波留達は徐々に相手を制圧しつつある。これは明白であるようだった。 |