――あなた方の言い分は、これで良く判りました。
 シルバーがその波留の台詞を耳にした途端、その視界が断絶した。レッドの目を借りて現場の映像を投影していたダイアログのひとつが闇に落ちる。それに被さるように「接続不可」との警告メッセージが赤字で明滅した。
 少年は慌ててレッドへの回線接続を試行するが、それは適わない。相手が接続環境にないのか、それが全く通らなかった。他の仲間達にも電通を飛ばそうとするが、その結果が再現されるのみである。それは現場に居る仲間のみではなく、遠距離で狙撃しているはずのイエローすらも同様だった。
 そこから、明らかな異変の発生を彼は感じ取る。現象から推測するに、彼らの電脳が落とされたのだろうと考えられた。それはハッカーからの攻撃としては単純かつポピュラーなものである。
 しかし、それが今ここで、用いられるとは。メタルを生業にするシルバーにも予想外である。
 それを行えるだけのメタルダイバーである波留は、あの現場で能力を封じ込めているはずだった。もうひとりの候補たる蒼井ソウタは、シルバー自身が電脳を監視している。それにメタルダイバー本職ではない彼は、波留よりも能力が圧倒的に落ちるはずだ。同時に複数の人間を攻撃出来る訳がない。
 と、そのソウタの電脳にまたメールが着信する。それにシルバーは気付く。思考を深めつつもそれを監視すべく、表題を見やった。「鮫型思考複合体の出現場所の特定」がそれだった。
 シルバーはそれをぼんやりと見ている。彼の記憶の中には、今までソウタの電脳内で同じような表題のメールを見掛けた覚えがあった。
 すると、彼の電脳の隅で小さなダイアログに投影していた監視カメラの映像に動きが生じていた。そこに映されていたソウタは今まで大人しくソファーに腰掛けていたのだが、その彼が杖を引き寄せる。そしてその杖を床につき、軸として立ち上がったのだ。
 若き統括部長代理は、レッドに余計な動きはするなと言い含められていたはずである。だからこそ今までこの場所に留まっていたのだろう。
 それが今、立ち上がっている。そしてカメラの向こうに身体の向きを変え、足元に気を遣いつつ杖をついてゆっくりと歩き始めていた。明らかに何らかのタイミングを見計らった行動だった。
 ――まさか、さっきのメール。
 シルバーはその推論に至る。
 前回の鮫型思考複合体関連のメールが届いた時、彼は一体何をやった?レシピだの妹の資料だの――暇なのかと突っ込みを入れたくなるような内容のどうでもいい資料の閲覧を開始していた。
 そしてその中には、波留の診察履歴が含まれていた。老人であった時代を経て、7月末にこのメディカルセンターを訪れた時には唐突に若返ったと記されている履歴が。それにシルバーは自らの根拠を崩された。思わずイエローに「波留は生身だから頭を撃つな」と忠告してしまった。
 これらのメールは、送信元を偽装した波留からの何らかの符号だったのか?そして、それは事前に打ち合わせていた?
 そんな隙が、彼らにはあったのか?大体波留はメディカルセンターには居ないと言っていたはずで、ソウタの電通は全て監視していたはずだ――シルバーはそんな疑問を抱く。
 大体、波留はどうして頭を撃たれたのに動ける?白い液体を流した以上全身義体なのだろうが、それにしても頭を撃ち抜かれたら致命傷になるはずだった。それをシルバーは心配したはずなのに。
 そんな思考を巡らせて行っていると、彼の電脳に広がるダイアログに赤字の警告が発令されてゆく。はっとして彼はそれに意識を向ける。
 メディカルセンターの警備システムに、彼は侵入していた。それを抑える事でまずレッド達があの隔離病棟に忍び込み、その上で病棟全域のメタルのジャミングを掛けたのである。ジャミングは解除しているが、警備システムは抑えたままである。だからこそ、本棟の警備員が異変に気付かないのだ。
 そのシステムのコントロールが、続々と奪われて行っていた。
 シルバーはその光景に呆然とする。ログを展開し、詳細を確認した。
 システムのコントロール権限を奪われているが、それは警備システムそのものに回復されている訳ではない。全くの第三者が更にハッキングを掛け、自らの支配下に置いて行っていた。咄嗟にシルバーはそのダイアログに手をかざす。意識を集中し、コントロール権限を奪還しようとした。
 しかし、彼の眼前に電光めいた光が走る。電脳に痛みを覚え、彼は怯んだ。全く歯が立たない。
 眼前に引き起こされたこの状況に、彼が思い至るのはその名しかない。
 ――波留真理。
 シルバーは、その名が自らに重く圧し掛かるのを感じた。それは彼が敵に回したくはなかった相手であり、脳裏に刻み込んだ人物の名前だった。
 そしてその対決を回避したいと言う望みは、どうやら叶いそうになかった。
 
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