イエローは、地上区画のとあるビルの一室に居る。彼女もまたシルバー同様に援護組であり、自らの任務を果たそうとしていた。
 人工島の地上区画には余分な建築物はない。ここも雑居ビルではあるが管理はされており、イエローは正規の手続きを踏んで借り受けている。無論、正規なのは手続きのみであり、そこに提示した資料類までには真実は書かれていない。
 照明を落とし、窓にはカーテンを引いている。メタルに頼る事無く外部から物理的に様子を窺えないようにしていた。そして僅かにその窓は細く開かれている。垂れ下がったカーテンの隙間から覗くのは、塗装でカモフラージュされた細い筒だった。
 彼女は殺風景な一室に持ち込んだ台の上に寝そべっている。それは窓と微妙に高さを合わせた台であり、そこで彼女は狙撃銃を支持架で固定した上で構え、横たわった状態で照準スコープを覗き込んでいた。その指は引き鉄に掛けられたままで、微動だにしない。
 コードネームイエローとは、このチームにおいては狙撃主である。彼女自身それを自負している。その技量こそが彼女にとって、自身が属する社会での売り物だった。
 それは持って生まれた天賦の才能のおかげではあるが、何より彼女は自らを義体化していくに従い狙撃に特化した機能を身に付けて行っていた。ふたつの義眼には望遠プログラムを常駐させ、数時間連続で眼球を露出させたままでも視野に不具合が出ないように網膜が強化されている。義手である両腕の人工筋肉もまた、数時間同じ体勢を取り続けても筋肉が硬直しないように特化していた。全て、生身の狙撃主が弱点とする部分を埋め合わせている。
 更に、彼女の電脳では現在、疲れを緩和し反応速度を向上してくれるプログラムが走っている。その効力は麻薬めいたものであり重宝されるものなのだが、副作用も麻薬に近い。そのために常用は勧められないプログラムのため、彼女としてはここぞと言う仕事の際にしか作動させないようにしていた。
 義体化部分と作動プログラムと天賦の才能が、彼女の狙撃を人間業では考えられないものとしている。ごく単純に、狙撃範囲が広がるのである。
 狙撃とは、そもそも「何処から狙われているのか判らない」ように仕向ける事で成功率が向上する。それは「1弾目で仕留める」事が鉄則である事からも判る。一撃で致命傷を与えられずに反撃の機会を与えてしまい、そこで射線を読まれてしまえば狙撃地点を特定される。そうなれば基本的に逃げ場がないのが狙撃主と言う立場であり、一撃必殺は自分の身を守るためにも必要な行為だった。
 一撃で仕留めるためには、予想もつかない地点から攻撃を加えなくてはならない。狙撃地点をカモフラージュして何もないように見せる事もひとつの方法ではあるが、このイエローの場合は単純に遠距離狙撃と言う方法を選択していた。常人ならば狙点を定める事など出来るはずもない距離から狙撃するのである。現在、彼女が居る雑居ビルの一室が、正にそのポイントだった。
 無論、彼女の能力が許す限り距離を稼げる訳でもない。使用するのが弾丸射出武器である以上、その弾丸が届く距離にも限界がある。ここは地球上であり、大気との摩擦による減速や引力による弾道の下方修正はどうしても回避出来ないからだ。
 だから彼女はその限界が許す限りの地点に居る。この位置ならば、狙撃が成功した場合の犯人探しにおいて、警察は捜査の手を広げないだろう。それだけの距離を確保していた。
 彼女が覗くスコープの先には電理研付属メディカルセンターの隔離病棟があり、そこの一室であるメンテナンスルームが入っている。そして望遠プログラムを駆使しても豆粒状態ではあったが、その中心の十字点には間違いなく黒髪の青年の頭部が定められていた。
 その青年は必ずしも窓際に立っている訳ではないが、上手い具合に射線が通っている。処置室に同席している彼女の仲間達がさり気なく誘導している成果がそこに現れていた。
 彼女としては、後はそこに居るレッドからの指示を待つばかりだった。現場での作業が終了し、その青年に利用価値がなくなった時点で、それは執行される。レッドからの電通を受けた時点で、彼女は何も考えずにその引き鉄を引く。その僅かな動作のみで、彼女の任務は終了するはずだった。
 ――…イエロー。
 そんな彼女の耳元に、声がした。彼女は出来る限り狙撃以外の行為に気を回さないように、電通も音声通話のみとしていた。電脳内にもダイアログすらポップアップしないように設定している。だから、その相手が誰であるのかを知るには、名乗って貰うか声から推測するしかない。そしてそれは、成人男性であるレッドのものではなく、少年の声だった。
 ――シルバー、何か用か?現場がいよいよ作業開始で、そろそろ私としても暇じゃないんだ。
 イエローは、意識は右手の引き鉄と右眼のスコープに集中させたまま、そんな思考を送る。自分からは軽口を叩きに電通を送った経験もある以上、邪険には出来なかった。しかし自らの現況を伝え、早急に用件を述べて貰おうとする。
 ――その、波留の件だけど。
 そこに、シルバーが発言してきた。――やはり自分に連絡するからには、その人物の話題になるしかないらしい。イエローはそう思った。だからそのまま静かに現況を伝えてゆく。
 ――ああ、今しっかり狙ってるよ。気付かれもしてないだろう。
 淡々とした彼女の思考に被せるように、シルバーが強い口調のそれを飛ばしてきた。
 ――駄目だ、頭は撃つな。
 その断言に、イエローは僅かに目を見開いた。予想外の言葉である。微かな動揺が身体的にも現れ、引き金にかけた指が震えた。しかし彼女はすぐにそれを捻じ伏せる。平静を取り戻し、シルバーに呆れた調子の電通を飛ばした。
 ――………はあ?何だ?この期に及んで殺したくないとか言うなよ?
 日和ったか――とイエローは思う。確かにこのシルバーはメタル技術者であり、荒事には慣れていないと訊いている。だから自分が関与している範囲で人殺しが起こる事を恐れているのかもしれない。
 しかも今狙撃されようとしている人物は、シルバーとは仕事上で付き合いがあった立場だった。それはあくまでも潜入調査の一環で知り合っており、打算と裏があっての関係だった。それでも顔を突き合わせて会話したりすれば、人間には情と言うものが沸き上がって来るものだった。
 ――でも、必ずしも殺す必要なんかないだろ。
 口を尖らせたようなシルバーの声がイエローに届いている。その態度に、イエローは自らの予想の的中を悟っていた。しかしシルバーの申し出を叶える事は、彼女の任務に反する行為である。それを淡々と指摘して諦めさせる事にした。
 ――何を言ってるんだ。あいつを無力化するには頭を撃ち抜くしかないって話になっただろ?
 ――確かにそうだが、それはあいつが全身義体だったらの話だ。
 ――…は?
 イエローには全く話の流れが見えない。「全身義体だったら」――では、それ以外の可能性があると言うのか?あの高齢で?
 脳内で疑問符を浮かべているイエローの元に、シルバーから電通が届く。彼の声には焦りが感じられた。
 ――そいつ、全身が、生身だ。どういう事情か知らないが、81歳だってのに本気で若作りしてやがってた!久島部長よりとんでもない奴だったんだ!
 
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