メンテナンスルームに戻ったソウタは、隣にやってきた波留に伴われて部屋の一角にあるソファーに腰を下ろしていた。
 視界の先にはガラス状の壁面を眺める事が出来、その向こう側では技師達がソウタ達を窺っている。何らかの不測の事態が発生したのではないか。そう言わんばかりの怪訝そうな表情が技師の顔に浮かんでいるのが、ソウタからの遠目にも見て取れた。
 ソウタはとりあえず、そのガラス越しの視線を、敢えて無視した。ソファーに横座りして、彼の隣に腰掛ける波留に向き直る。杖を右手に持ち床に先端をついたまま、年上の青年に現在抱える一番の疑問を問い掛けていた。
「――波留さん。ここのセキュリティシステムを、どうしたんですか?」
 その問いに、波留は唇を緩めた。膝を組み、その上に手を添える。リラックスした座り方で統括部長代理を一瞥していた。そして彼は、微笑を浮かべて口を開く。
「大した事はしていません。僕に限ってはステルス設定したアバターとしてカメラが認識するようにプログラムを送り込んでおきました。これで1時間程度、僕はここの監視システムのカメラには一切映りません」
 電理研付属施設と言う、人工島にとっては公的機関のセキュリティシステムを真正面からクラックして成功している。その犯行を告白するにしては、不釣合いなまでに穏やかな口調だった。彼の目の前に居るのはその電理研の最高幹部なのに――である。
 その現実を、ソウタも受け止めている。波留の告白を理解するに従って、彼の瞳が見る見るうちに見開かれて行っていた。そんな年下の青年を間近に、波留の微笑みは苦笑に変化してゆく。
「明確な考えの元にやった小細工ではありません。しかし何らかのトラブルが発生しているなら、少しでもその相手を欺く手段になればと思いました。仮に僕の取り越し苦労であったにせよ、この程度のクラックならば誰の迷惑にもならないでしょうし」
 微笑んでいる波留を見やり、ソウタは口を結んだ。確かに何もなかったなら、誰にも気付かれないようなクラックである。何せ「カメラの映像に存在していない」のだから。その異変に監視員が気付かなければ、それで終了である。
 それにしても、こんなクラックをさらりと行うような人物だっただろうか。ソウタはそこが気に掛かっていた。
 端末やコンソールの類を介さず、自らの電脳から直接システムに接続してプログラムを流し込む。そのハイレベルな手段でのクラックを成し得る技術力もさる事ながら、それを行うためのプログラムを彼は日常的に自らの電脳に隠し持っていた事になる。
 クラック用のプログラムの所有は、メタルダイバーとしてあまり褒められた行為ではない。しかも、それがもし自作プログラムだったなら、それは更に咎めるべき行為である。そのような違法行為すれすれの手段を選択肢に含めるような人物だっただろうか。ソウタは波留と言う人物の評価を改める必要性に駆られたような気がした。
 そこに、波留が発言してきた。やはり穏やかな声の調子を保ったまま、ソウタに質問を投げ掛けようとする。
「――ソウタ君。僕からもひとつ伺いたいのですが」
 逆に波留から問い掛けられ、ソウタは思惟の迷宮から現実へと復帰した。多少悩むような事態ではあるが、今はそれに気を取られる場合でもない。
 何より自分とて、研鑽のためにストリートファイトと言うグレーゾーンに手を染めていたではないか。そんな自分を棚に上げて何を言っている。波留さんにだって、俺のように何か考えがあってそんなものを作っているはずだ――ソウタは、そんな結論に自分の気持ちを強引に押し込めて、済ませる。
「…何でしょう」
 ソウタは平静を保った。左手を波留に差し出し、話を促す。そんな彼に波留は頷いた。膝の上で両手を組み、口を開く。
「あのAIとミナモさんと衛さんが、隔離病棟に居るのは、どういう事情ですか?決して偶然などではないでしょう」
 その問いを波留は真面目な表情で放ってくる。ソウタはそれを当然の疑問だと思った。普通に考えて、あり得ない状況だからである。
 しかし彼は瞼を伏せる。眉を寄せた。暗闇に落ち込んだ視界の中で、僅かに考えを走らせる。それは、覚悟を決めるための儀式だった。――あまり好ましくない事を、この信頼している人物に述べなければならない。そう思うと、気が重くなる。しかしやらなければならない事だった。
 その覚悟を決め、青年は瞼を上げた。波留を見据える。そしてその口から簡潔な状況説明が発せられた。
「…電理研が、先生の脳核に意識を復帰させるための処置を行う事になりました。ミナモと父はそのスタッフの一員です」
「ミナモさんが?何故」
 簡素な説明に対し、波留は怪訝そうな顔と声で、その名を繰り返していた。顎に手を当て、不思議そうな表情を浮かべる。
 ミナモは単なる女子中学生に過ぎず、メタルや義体に対する技術に秀でている訳でもない。そんな少女が、何故そんな重要かつ極秘であろうプロジェクトのメンバーの中に含まれているのか。そのような疑問を抱かれるのは、当然の話だった。
「のぶ代さんからの指名なんです」
 そこに言い訳がましさがあった事を、ソウタは否定出来なかった。自分の本意ではないのは確かではあるが、それをわざわざ口に出す必要があったのか?出したと言う事は、その責任から逃れたいと言う証左だろうか――?
 だとすれば、俺は波留さんに対して、後ろめたいと感じているのだろう。
「そうですか…意識回復ならメタル絡みになるでしょうに、僕には御指名頂けなかったのですね」
「評議会の決定です」
 腕を組む波留に、ソウタは短く答えた。そこには、彼の意見を言外に含ませている。
 評議会からは現在の波留はどうも警戒されている節がある。政治に絡む人々には、色々と思惑があるのだろうとソウタは認識している。彼も政治に絡む立場となってしまった今、その考えを理解はしている――追随出来るかどうかはまた別の問題として。
 ともかくそんな状況下では、波留が人工島の重要な案件に対する選択肢から外されるのは当然だった。メタルダイバーとしての能力を必要とされる際にはその限りではないが、今回はそれに当て嵌まらない。波留以外の人員の選択肢は存分にあり得ており、だから彼らは遠慮なく波留を枠外に置いた事になる。
「守秘義務が生じますから、ミナモも波留さんに言えなかったんですよ。蚊帳の外扱いを、許してやって下さい」
 苦笑交じりに、取り繕うようにソウタはそう付け加えていた。敢えてミナモへの話題と差し向け、話の方向を個人的なものと変える。
 知人としての笑みの成分がそれを補助する事になるだろう。そこまでソウタは計算している。しかし、小賢しい誘導を、仲間である波留に対して行ってしまう自分を認め、内心苛立ちを覚えていた。
「別に気にはしていません。守秘義務が煩いのは、メタルダイバーとしての経験上良く判っていますから」
 波留はその台詞に微笑んでいた。ソウタの誤魔化しにそのまま誘導されたのか、部長代理にしてミナモの兄を気遣うような言葉を掛けている。それにソウタは僅かに笑う。
 
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