それらの画像から、ソウタは全てを理解した。唇を噛み締める。奥歯が擦れる音を、彼は自らに聴いた。顔に左手を当てる。軽い眩暈を覚えて杖に身体を預けるが、すぐに立ち直った。瞼を伏せ、努めて冷静さを保った声を電通にする。
 ――…要求は何だ。
 ――話が早くて助かる。そこに波留真理は居るか?
 その言葉に、ソウタは瞼を開く。顔に当てた手を外した。
 何を言われたのか、彼は一瞬理解しかねていた。何故その人名が出てくるのだろう。確かに波留は電理研委託メタルダイバーであり、現在は実質的な統括者としての立場を担っている。同じメタルダイバーなら、その名を知っているかもしれないが――。
 電通を返さないソウタに対し、犯人側が続けてくる。
 ――我々はその病棟の監視カメラで、あなたの様子を逐一確認させて貰っていた。それに拠ると、波留もあなたの近辺に居るはずだが…。
 はっとソウタは顔を上げる。天井を見上げ、そのまま辺りを見渡した。
 しかしこのメンテナンスルームには、セキュリティ対策のための監視カメラは存在していない。様々な機密を扱う部屋である以上、その漏洩を防ぐためにそもそもそれらを不用意に記録したり外部に映像を流したりしないような措置を取られているのだ。
 だから、仮に電通の相手が示唆するように、この病棟のセキュリティシステムをクラックするなどして監視カメラを支配下に置いているにせよ、カメラ自体が設置されていない部屋の内部の様子は把握出来ていないだろう。ソウタに質問してくるのはそのためだろう。青年はそこまでを推測した。
「…波留さんは…ここには…――」
 ソウタはその思考を、言葉としても発していた。同じ内容を電通で送りつつ、リアルの音声としても生じさせ、視線を当の波留へと巡らせる。仲間たる黒髪の長髪の青年の顔を見やった。どう答えていいものか、迷う。その迷いが彼の顔に表れていた。
 そんな若者の表情に、波留は顔を曇らせた。すっと唇をすぼめ、顔の前で両手の人差し指を交差させる。
 ――居ないと伝えて欲しい。ソウタは波留のその仕草から、そんな意志を読み取った。彼はそれをそのまま電通形式にする。
 ――…波留さんはもう居ない。帰った。
 ――帰った?おかしいな、画像を取りこぼしたか。
 その返答にレッドは怪訝そうな声を上げるが、彼にも波留の所在についての確証はないらしい。確かに口篭ったような雰囲気を醸し出していたソウタに対して、それは嘘だろうとか食い下がろうとはしなかった。
 ――…まあいい。とりあえずその部屋から出て来て貰おうか。廊下にある監視カメラであなたを確認しながら、話を進めたい。
 ソウタは黙っていた。しかし行動としては、その指示に従おうとする。ガラスの向こうの技師達に頭を下げ、挨拶をした後に踵を返して杖をつく位置を変える。ゆっくりと杖を前に進め、部屋の出口へと向かった。
 そこに、足音がする。振り向くと、ソウタの背後から波留が更に歩みを進めていた。
 ソウタはそれに驚いた顔をする。足を止め、口を開く。レッドと名乗る相手との電通は維持しているために、波留との回線は開く事は出来ない。だからリアルの音声として発していた。
 波留が近くに来ているために、その音声は小さくする。ガラスの向こうの技師達には聞き取れないようにした。
「波留さん。外のカメラが俺達を見てます。奴らにクラックされてるみたいです」
 だから今、波留がこの部屋から出て行けば、先程「居ない」と伝えた事が嘘だとばれてしまう――ソウタはそれを言外に含ませた。短い言葉の中で、波留に意志を通じさせようとした。
「そう言う事だと思いました」
 そんなソウタに対し、波留は微笑と共にそう言っていた。自らの胸に右手を当て、ソウタを安心させるかのような笑みを浮かべる。
「大丈夫です。僕も今、セキュリティシステムにプログラムを流し込みましたから」
「…え?」
 ソウタは波留の台詞に怪訝そうな声を上げた。波留は今、そこに佇んでいたはずだ。何処かの端末に手をかざすとか、そう言う事もしていないのに、クラックめいた事をしていたのか――メタルに常時接続出来る以上、理論上は可能な行為ではあるが、この病棟は電理研付属だけあり、並大抵のセキュリティではないはずなのに。それを可能にしたと言うのだろうか。
 そんな疑問符を頭上に浮かべつつ、ソウタは波留をまじまじと見つめてしまう。ソウタに対し、波留はふっと笑った。その直後、その口許から笑みを消す。真面目な表情へとすぐに変化させていた。
「――詳しい話は後で。ともかく今は、相手の要求に従って下さい」
 言いながら波留はソウタに手を差し伸べた。ソウタは一瞬戸惑うが、メタルダイバーが求めるものに気付く。彼も波留に左手を伸ばし、掌を重ねた。現在の彼の電脳の情報を、波留にそのまま横流しする。自らの全てを委ねないまでも、彼の電脳としての視覚や聴覚に感じられるものを、そのまま波留にも伝えるように設定した。
 どこまでこの人は、状況を把握しているのだろう。ソウタはそんな事を思った。
 何せ彼は、今会話している相手がミナモではない事実や、レッドと名乗ったその相手から送られてきた画像に拠れば隔離病棟が人質を確保された状態で占拠されているとか――それを波留にはまだ一切伝えていないのだ。そもそも隔離病棟で今まで何を行っていたのかすら、極秘情報である以上、仲間である波留であっても伝えていなかった。
 しかしそれを考えている暇はない。若き統括部長代理は、波留を伴い、そのままこのメンテナンスルームの外へと踏み出した。
 
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