ミナモはその様子も見ていたが、はっとした顔をした。鋭い声を上げる。
「――あの!」
 ミナモは思わず、右手を軽く挙げていた。胸の前に挙手するように手を出し、教師に対するように目の前の指示役の男にアピールする。蚊帳の外に置かれがちな自分を自覚していたが、こうすれば無視される事もないだろうと思っていた。
 果たして、その男はミナモに向き直る。その声と挙手の意図を読み取ったらしい。軽く右手を彼女に向ける。やはり教師のように、彼女を指した。そこには余裕めいた響きがある。
「…何だろう、お嬢さん」
 当てられたミナモは肘を曲げて脇につける。勢い込むように前を向き、その男に話し掛けた。
「スタッフ全員って、まさか」
 ミナモの言葉は要領を得ない。それが態度としても表に出ている。彼女は、この場において唯一動揺を隠さない人物となっていた。少女の中には、言葉通りに「まさか」との想いがあったのだ。彼女にとっては信じたくないそれを、彼らに確認しようとしていた。
 ミナモのその勢いに若干面喰うように、男は軽く顔を引いていた。が、すぐに立ち直る。ミナモを指していたその右手を軽く開く。彼女に向かってかざしていた。
「…ああ、そうだな。お嬢さん、君の端末をこちらに」
 静かに繰り出される指示に、ミナモは頷く。四角い形をスカートの中から主張しているその端末を取り出すべく、ポケットに手を突っ込んだ。慌てているためにその手自体が邪魔になり、なかなかポケットからそれを引き抜けない。が、どうにかその行動を完了させ、彼女は自らの顔の前に端末を持ってきた。
 端末の表面には待ち受け画面が復帰している。そこではアニメーションしているマスコット犬が駆け回り、普段通りの様相を呈していた。
 本来ならばそれはミナモにとって微笑ましい光景なのだが、今回ばかりはそれに和んでいる余裕は無い。黙って彼女はその端末を、男の前に差し出した。かざされているその手に向かい、端末を向ける。
 端末の表面に淡い光が走る。それは未電脳化者の彼女にとっては有り触れた光景だった。こうやって彼女は、電脳化している他者と情報のやり取りを繰り返している。今回もその例に漏れず、慣れた行為だった。
 光を帯びた待ち受け画面が変化する。そこに別の映像が映し出されていた。ミナモはその画面を見やる。
 それは動画だった。何処かを撮影しているものらしいが、そこは薄暗い。影が横切る中、ミナモはそこが見覚えがある部屋だと気付いた。そこでは備え付けのテーブルや椅子が倒れ、床には物が散乱している。
 そして映像は部屋の隅へと向かう。そこには数人の白衣の人間が追い込まれ、腰を床につけている。彼らの衣服は乱れていたが、最早抵抗の意思はないらしく大人しく脱力しうずくまっている状態だった。
 その姿を認め、ミナモは叫んでいた。それは悲痛な響きを持っている。
「――お父さん!」
 勢い込んでミナモは自らの携帯端末の画面を覗き込んでいた。大きく髪を揺らし、端末を持つ手に力が篭る。
「…そう言う訳だ」
 少女の上から静かな声が降って来ていた。ミナモは彼らに人質の関係性として重要な情報を与えた事になるが、彼女自身はそれに気付いていない。しかし与えられた側にしてみれば、それは最大限に利用出来る価値を見出していた。――血縁関係にあるならば、互いを無視は出来ないだろう。その結論に至る。
 ゆっくりと男の手が端末から離れてゆく。近接電通の範囲外となり、携帯端末の画面には一条の光が走った。映し出されていた動画が途中で消滅する。
 ミナモはそれに、口の中で短い悲鳴を上げていた。その少女の肩に手が置かれる。優しくしっかりとした感触が、ミナモに伝わってきた。そして、諭すような声がそれに続く。
「今度こそ、君も、大人しく我々に付き合ってくれるね?」
 ミナモは顔を上げる。覆面に覆われたその男を見上げていた。そして彼女はゆっくりと頷く。それに従う他、選択肢を見出せそうになかった。
 唯一抵抗の意志を見せそうだった少女の同意を遂に得た侵入者側は、目的に対して動き始める。久島の車椅子の後ろに立つ男が、その持ち手に力を込めた。一歩を踏み出す。
 車椅子の車輪が軋みめいた音を立てて転がり始める。高性能タイプの車椅子のために動きは滑らかであるはずだが、操作に不慣れな人間が押していてはその効力もあまり発揮されていない様子だった。
 それでも移動には支障は無い。久島は頭を揺らされつつも車椅子を押されるに任せていた。揺れのせいで、僅かに首筋のデバイスの金属が擦れる音を立てる。
 唐突に、それに抗議する声が室内に響いていた。
「――待って下さい!」
 少女の鋭く高い声が発せられる。そして彼女の動きも素早く、その車椅子の元に急ぎ歩み寄っていた。その動作に、侵入者達への恐れは見られない。或いは恐れているにせよ、それ以上に何らかの感情が上回り彼女を突き動かしていた。
「久島さんは、私が介助しているんです!」
 ミナモはそう叫び、車椅子の背面に回り込んでいた。彼女にとって持ち慣れているその持ち手を掴む。そしてそこに立つ男に対して鋭い視線で彼を睨んでいた。
 ミナモに睨まれた男は手を離す。その中学生の少女から、車椅子の持ち手を奪われるに任せていた。指示役の男も、それを特に妨害しようとはしていない。軽い溜息をついたようだったが、諦めたように車椅子の前に立つ。先導し、歩き始めた。
 ミナモもそれには従う。ゆっくりと車椅子を押し始め、彼の後ろに着いていく。彼女の更に後ろには先程車椅子を押す権利を奪われた男が続く。ふたりの侵入者に挟まれた格好のまま、ミナモは病室を出て行った。
 ミナモにとって、そこだけは譲れないラインだった。それが自身に依頼された任務であり、命題なのだから。この現状において、彼女は自身にそれを課し続ける。それが自分を保つための手段だと、無意識に自覚していた。
 
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