一旦振り下ろすと決めたからには、その動作に躊躇はない。それぞれの行動に最大限の効力を持たせる。――彼はそれを信条としているかのように、振り下ろされる手は容赦のない勢いを保っていた。
 その暴力を向けられているのがたかだか中学生の少女であっても、彼のその態度に変化は見られない。その頬を張り飛ばして昏倒させるか、そこまでの効力は望めなくとも判り易い暴力を用いる事で少女の抵抗を萎えさせるつもりだった。
 彼にとっては幸いな事にこの目の前の少女は本当に素人らしく、身体を縮こまらせる事しか出来ていない。無慈悲な暴力に対して抵抗する術を知らないらしい。ならば、殴ればそれなりの威力を期待出来るだろう。
 そのようにミナモの頬にその手が迫ってきた瞬間。
「――止めろ、貴様ら」
 押し殺すように低い声がその場に響いていた。その声は然程大きな声量ではなかったが、居合わせた3名には確実に届いていた。
 それに顕著に反応したのは、ミナモを殴るべく右手を振り下ろしてきていた男である。彼女の頬を正に張り飛ばそうとしていたその手が、直前で静止する。ミナモに届いたのは風を切る音と空気の流れのみだった。彼女の頬を、その手が巻き起こした風がなぶる。
 それを感じた少女は顔を顰めていたが、ゆっくりと瞼を上げた。顔に最接近した状態で止まっている大きな手刀を間近に見た。その向こうに見える覆面に隠された瞳は、平静を保っている。だからこそ声に反応し、動作を停止したのだろう。
 その男の視線がミナモから外れてゆく。ゆっくりと、彼女の隣に送られて行った。その視線をミナモも追ってゆく。
 そこには彼女が抱きしめている久島の顔があった。現在の彼は無力に項垂れてはいない。ミナモに抱き締められた上に背後からも腕を回されている状況ではあるが、口を真一文字に結び、じっと前を見据えていた。
 ――その瞳は露わにされ、義眼には強い意思を感じさせるような光を帯びている。彼は確実に意識を取り戻しており、それをミナモ以外の同席者にもアピールしていた。
 全員の視線を一身に浴びた頃に、義体の口許が歪んだ。眉を寄せ、覆面の男を睨み付けるように見た。先程も彼のこの口から声が発せられており、それが再び繰り返される。
「その少女に乱暴を働くなど、この私が許さん」
 それは静かな声であり、世界的な報道などでも聞き覚えがある人物のものだった。しかしもう二度と新たな音声として聴く機会など得られないだろうと、世界中の殆どの人間が信じている音声でもあった。
 だと言うのに今、この義体がその声を発している。しかもその声には怒りが内包されているように、その場の人間達は感じていた。明らかに感情が込められていて、それは自分達に向けられている。
「――…これは驚いた」
 この事態を目の前にして、覆面の男はそんな台詞を発していた。それは本心からのものであるようで、声の調子も台詞の通りとなっていた。ミナモの眼前で手を止めたままの状態を維持し、言葉を発した義体を見ている。
「…AIさん」
 ミナモはその呼称を用いていた。彼を抱き締めたまま、呆然とその顔を見上げていた。
 その頃には、彼女の左手で支えていた義体の両手の震えは止まっていた。そして紋様の明滅も停止し、皮下に隠されている。どうやら何時の間にかに、メタルの接続障害は解除されていた様子だった。
 
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