その日、暦では10月21日を迎えていた。時刻は20時を回っている。
 ミナモはその日もいつも同様に、メディカルセンターの隔離病棟を訪れている。学校帰りに直行するのはいつも通りであり、今日はどうにか検査を終えていた。
 しかし夜闇に包まれつつある時間帯になっても、彼女は帰宅しようとはしなかった。久島に与えられた病室に落ち着いたままで、ベッドサイドに置かれた丸椅子に腰掛けて、ペーパーインターフェイスを片手にしている。彼女はそれを耳元に当て、顔を傾けて通話を行っていた。
「――じゃあ、ソウタ。そう言う訳だから」
 ――ああ、判った。くれぐれも気をつけろよ。何かあったら警備室に連絡するんだぞ。
「判ってるって。私だけじゃなくて久島さんの安全も掛かってるんだから」
 ――お前、無理しなくていいんだぞ。お前に何かあったら先生に申し訳が立たないからな。
「大丈夫大丈夫。この部屋に閉じ篭って、寝てるから!」
 そんな風に兄との電通を終え、ミナモは耳元から端末を下ろす。目を伏せ、溜息をついた。
 やがて室内の灯りが明滅し、消滅する。メタルの設定を加えた窓は起動しているが、外の風景を透過するのみだった。
 暗闇に落ちた中、ミナモは視線を横にやる。そこにあるベッドを見やった。
 そこには久島が横たわっていた。彼は肩まで布団を被せられ、眠りに就いているように瞼を伏せている。既に検査を終えたためか、AIとしての彼はスリープモードに移行している様子だった。その姿を見たミナモは、うっすらと微笑を浮かべる。
 暗闇に包まれた部屋の中で、ミナモの手の中にあるペーパーインターフェイスの待ち受け画面のみが仄かに輝いていた。彼女はその光を顔に当てていたが、やがてそれも落としていた。
 部屋の一角には、小さめのベッドが置かれていた。それは今日搬入されたもので、そのベッドの中央にはミナモのトートバッグが無造作に置かれていた。
 今晩は、評議会通達で人工島と周辺地域に対して、電力使用の自粛を呼びかけられていた。そのために全ての施設において電灯の類は使用出来ない状態に陥っている。その期限は日が変わる頃までの数時間と言う事になっており、島民はそれを甘受する他なかった。
 そうなると、ミナモも暗い中を帰宅するのは危険と言う判断を下さざるを得なくなる。基本的に照明を使用しないようにとの通達であるためにその他の用途への電力は通っていいのだが、基本的に全ての機械は照明を伴うものである。水上バスも月明かりを頼りに運行するには頼りなく、そもそも街灯も消灯されてしまう。
 こう言った状況なのだからガーディアンロボへの通報も多くなるだろうが、彼らを頼って危険を冒す訳にも行かなかった。人工島の治安は高いはずだったが、それを盲目的に信頼するつもりもない。
 となると、ミナモは今晩はこの病棟に留まった方が安全であると、大人達は考える事となった。何せ部屋数は多いのである。いくらでも彼女に提供出来るベッドは存在していた。
 電力自体は稼動している以上、病棟のセキュリティ自体は切られていない。それらを統括するメディカルセンター本棟には人間の警備員も常時待機しており、何らかの事件が発生した際には協力を要請出来る事になっていた。
 他のスタッフ達も各々の部屋に居るはずである。メタルの接続も落ちていないのだから、今回の機会を利用してログの精査を行っていると思われた。
 そしてミナモは、数ある部屋の中で久島の病室に滞在する事を選んでいた。他の部屋を薦める父を始めとしたスタッフに対し、彼女は「独りじゃ寂しい」と言い張ったのだ。
 確かに意識を喪失しているとは言え、久島と言う人物が傍に居る事は人間の心境として助けになり得るだろう。彼らはそう納得し、この病室に小さめのエキストラベッドを持ち込む事となっていた。
 彼女はここに泊まり、朝になったら学校に向かうなり、時間が許せば自宅に戻るなりすれば良い。ちょっとした不都合ではあるが、今日限りの事情である。ミナモは素直にそれを受け容れていた。
 そして少女が滞在している限り、この病室の周辺には誰も来ないはずだった。言っても年頃の少女のプライベートが今晩限り、この一帯に出現するのである。人工島の大人達はたとえ未成年の子供相手であっても、それに干渉する事を良しとはしなかった。メタルは通じているのである。用事があれば、ミナモ側から呼ぶはず手筈になっていた。
 ミナモは、そのような状況を作り上げていた。
 
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