平日の昼下がりから夕方に掛けては、普通の飲食店では人波が引けている時間帯である。しかしこのアンティーク・ガルでは、そのテーブルのひとつが女子中学生の一団によって占領される事が多い。
 この飲食店には実はアンティークショップとしての一面もあるためか様々な物品が棚を雑多に埋め尽くし、人工島の店舗らしくその合間を観葉植物の鉢植えで満たしていた。そのために飲食店にしてはテーブル席は6席のみであり、しかもそのうちの4席は店外のテラスに存在している。
 4月以来、女子中学生達は店内のテーブルのひとつを定位置としているのだから、彼女らの存在こそが夕方のアンティーク・ガルを彩る印象を与えつつあった。しかし2学期を迎えて以降、彼女らの羽休めの時間も連日ではなくなっている。人工島中学校の中学3年生ともなれば各自の課題や生活も多様かつ多忙となり、放課後に集う日々ばかりではなくなっているからだ。
 しかし、とりあえず今日の昼下がりは、いつもの3人組がこうしてアンティーク・ガルに集っている。蒼井ミナモが制服姿だと言うのに長髪に大きなピンクのリボンを揺らしているのも、神子元サヤカが制服の袖を肩まで捲り上げて小麦色の肌の二の腕を晒しているのも、伊東ユキノがこの店名物のジャンボパフェのクリームをスプーンで掬い取り口にして顔を丸くして満足げに頷いているのも、この店のマスターにとっては4月以来の日常だった。
 彼はひとまず唯一の客であるそのテーブルに注文された料理を運び終わり、カウンターの向こうに落ち着いていた。夕食を求める客への準備として、そこで様々な食材の調整を行っている。
 店舗の壁には液晶テレビが掛けられており、そこでは音楽番組が流れていた。客達の会話を邪魔しないように気を遣ったチャンネル選択であり、音量だった。
「――うーん、今日のフルーツも天然物なのね。毎日食べに来れないのが残念だわ」
 ユキノはパフェを彩っていたイチゴを口に含み味わっている。頬に手を当てて数度頷きつつも、そのような感想を述べていた。
 彼女のその様子に、目の前の親友ふたりは曖昧な笑顔を浮かべている。ユキノは自らの台詞を彼女らに訊かせている訳でもないようで、幸せそうな笑顔で自己完結している様子だった。それをふたりは把握しており、だからそのような笑顔を浮かべでしまう。
「…そ、そう言えば、また彗星来るんだっけ?」
 コーヒーカップを持ったまま、サヤカは引き攣った笑みと共にそんな風に話を振った。彼女の目の前にあるジャンボパフェには流星型の飾りが刺さっており、ユキノのスプーンによってあちこち穿たれているクリームやアイスの表面には色とりどりのチョコレートスプレーが振りかけられている。それは、7月以来この店の名物のひとつとなっている彗星モチーフのパフェだった。
「そうなの?」
 サヤカの隣でショコラケーキを半ばまで突付いているミナモは、その台詞に首を傾げていた。どうやらこの少女は相変わらず天体ショーのニュースに興味がない様子である。
「良くわかんないけど、今月中の一番観測出来る夜に、出来る限り灯り付けるなって通知が評議会から人工島全体に来てるらしいよ」
 向かいの席ではスプーンを加えて満面の笑みを浮かべているユキノは放っておき、サヤカはミナモの方を向いていた。若干ふくよかな少女は天体ショーの話に乗っては来ず、そのパフェを着実に崩していっている。ミナモもその彼女を放置し、サヤカに訊いていた。
「それ、何時?」
「うーん何時だったっけなあ…」
 コーヒーカップをテーブルに置き、サヤカは腕を組んだ。視線を上に向ける。
 一旦は生脳の記憶に頼ろうとしてみた彼女だったが、数秒の沈黙を経てそれを諦めた。もっと簡単かつ確実な手法を取る事にする。電脳に接続コマンドを走らせ、メタルの検索欄にワードを入力しようとした。
 が、ふと何かを思い出したような顔になる。そしてその表情が変化し、口許に笑みが浮かんだ。
 それを隣のミナモは目の当たりにしている。彼女は当初はきょとんとその様子を見守っていたが、やがてそのにやりと笑う表情が時折見かけるものである事に気付いていた。
 サヤカは腕を解く。その右手をミナモの方に繰り出し、人差し指を突き付けていた。
「――ミナモは、折角だから波留さんと見に行けば?」
「…だからどうしていつもそうなるのよ」
 ミナモはサヤカの言葉に、溜息をついてそう答えていた。サヤカはミナモに向かってあんな笑みを浮かべる時は、決まってその一見して青年である男性との仲を勘繰るような事を言い出す。ミナモは2学期開始以来からそのような扱いを受けてきており、1ヶ月もすればそれに慣れてしまっていた。
 ミナモとしてはその度に軽く受け流しているつもりなのだが、サヤカは一向に懲りない様子である。その笑みを深めて指を振ってみせる。
「えーいいじゃん。天体ショーなら夜なんだろうし、学校も終わってるし波留さんにも時間作って貰えば?」
「…波留さんだって、そんなに暇じゃないよ」
 口を尖らせてそう言い、ミナモはサヤカから視線を外した。手元の皿からケーキの先端をフォークで断ち割り、その断片に刺す。多少大きめに切り取られたそれを、ミナモは大きな口を開けて頬張った。リボンの少女は若干憮然とした表情を浮かべているのだが、サヤカはその様子を含めてにやにやと笑って見ている。
 サヤカにとっては、ミナモが年上の男性たる波留真理とアイランドに出向いて数日滞在した前回の依頼とやらは、大事件だった。おそらく一般的な女子中学3年生にしてみれば、それは当然の反応だろう。
 彼女とユキノは、波留に寄越された電理研からの依頼にミナモが付き合ったと言う話は後日ミナモから訊いてはいるが、それ以上の詳細については守秘義務に阻まれている。当事者のミナモは無論その依頼の結末と詳細を語る事は出来ず、サヤカも流石に「電理研の守秘義務」と言われるとそれを破る事が如何に恐ろしいかをイメージ先行であっても理解し、それ以上は突っ込めていないのが現状だった。だから依頼については少女達の想像に任せる他なく、結果的にサヤカは自分の都合の良いようにその「数日間」を想像しているのであった。
 何にせよ、波留と言う人物はミナモとは4月から付き合いがある。そして、その付き合いを見守ってきたと自負しているサヤカの視点からは、ふたりの付き合いはどう考えても「知り合いである普通の中学生と成人男性」のラインを踏み越えていると映っていた。
 先の依頼を終えてのミナモの学校復帰からはもう1週間が経過しているのだが、サヤカは未だにこうしてその話題を突付いてくる。これには、良く飽きないものだとミナモはうんざりとしていた。
 そんなミナモはフォークをケーキの皿に下ろし、代わりにティーカップを持ち上げて口をつける。レモンが搾り入れられた紅茶の風味が彼女の口に広がり、ケーキの甘みを中和してゆく。
 ふと視界の隅に自らの鞄が入る。座席の隣の床に置かれているそれは、彼女がいつも抱えている大き目のトートバッグだった。その鞄の形状に比例して中身が詰まっているらしく、内側から膨らんでいた。
 学校帰りであるために、彼女はそこに接続バイザーを詰め込み抱えている。だからこのような大きな鞄を持ち歩く必要があった。しかし、そうでないならば――と、少女はふと思いを馳せる。が、それもすぐに打ち消していた。顔を軽く左右に振る。
「――サヤカこそ、メタ友とのお付き合いは?」
 そしてミナモは若干うんざりとした表情で、そんな風に話を振っていた。これもまた先程のユキノのスイーツ三昧会話のように、この話題から逃れたいがための話の逸らし方だった。先程の反応を誤魔化す意味合いもある。
 しかし、サヤカはミナモのその問いに相好を崩した。途端に突き付けていた指を解き、その手を大きく振っていた。どうやらミナモの作戦は成功したらしく、笑顔で自らの事を語り出す。
「まあ結構いいかなーって人も居るけど、リアルでは会ってないんだよねー」
「そんなもんなの?」
 困ったように笑いつつも楽しそうに語るサヤカに、ミナモは訊いていた。ティーカップを口につけて隣の少女を見やる。
「メタル使うのは知り合うきっかけって感じで、すぐにリアルで会ってくれる人も居るけど、今回の彼はそうでもないんだよねーこれが」
 そんなミナモにサヤカは続ける。眉を寄せつつも楽しそうな印象は変わらない。何だかんだでその状況を楽しんでいる様子が見て取れる。
「ふーん」
「――居るよね、そう言う人」
 ミナモが気のない相槌を打っていると、そこに甲高い少女の声が介入してきた。今まで沈黙を守っていた向かい側の少女が口を挟んできたのである。
 これにはミナモとサヤカも気を取られる。ふたりがそちらに視線を向けると、テーブルの上にある大きな容器に収まっているべきアイスやクリームの類が殆ど見当たらない事態に遭遇していた。何時の間に――と言う想いがふたりの胸中に共有されるが、そんなふたりの想いは他所に、ユキノはスプーン片手に語り始めていた。
「あくまでもメタルはメタルって感じで、リアルと付き合いを分けてくるタイプの人」
 それは、ミナモには良く理解出来ない話だった。彼女は未電脳化者であり、メタルを満喫してはいない。彼女にとってのメタルとは金銭決済やメールや電通のやりとり、後は検索ツールとしてのそれだった。
 未電脳化者とは、ペーパーインターフェイスや接続バイザーのような機器を通してメタルを用いる事になる。そのために幾分の煩雑さを感じる事は否定出来ず、電脳化している大多数の人々よりと比較すればメタルを利用し切れていないものだった。
 だからミナモにとって、メタルとはあくまでもリアルの延長線上に存在するツールだった。リアルに存在する人々との付き合いを補助するためのものであり、メタルのみに依存するような事はしていない。しかし周りの人々はそうでもないと、彼女は人工島に引っ越してきてからは知った。
「そんな人は、メタルアバターとリアルの外見は全く違ってたりするものだよね」
「そう言う事もあるよねー」
「だから、リアルでは会いたくないってのもあるかもね。サヤカちゃんがどうこうじゃなくて」
「そのバレのギャップも面白いと思うんだけどね、私は」
 ユキノは暢気そうな口調で話を続け、サヤカもそれに乗ってくる。メタルアバターを使用するのは電脳化している人間達の特権である。だから彼女らは、今話している事については実感を伴っているのだろう。もしかしたらサヤカ自身もメタル内では自分を偽っているのかもしれない。しかしミナモには、それは本当に良く判らない概念だった。
 
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