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この日、そのホールに居たのは、観客の他に介助士や関係者を含めても20人足らずである。だから先日の演奏会とは、単純な人数も部屋を占める人口密度も全く違っていた。拍手の音量としてはとても敵うものではない。 しかし今日もまた、先日同様に拍手には熱が込められていた。元気のいい一般人などはスタンディングオベーションすら行っている。どうやら観客は今日の演奏にも満足した様子だった。 そしてこの場に流れる空気は暖かいもので、誰もが穏やかな表情を浮かべていた。当初は先日引き起こされた体調不良を思い出し、不安の面持ちを浮かべている人間も居た。しかし、それもそのうちに解消されていた。 インストールされたプログラムに従うアンドロイドの演奏に過ぎないとは言え、その演奏は見事なものだったのだ。まるでバイオリンの演奏音源を聴いているかのようなミスのない演奏に、人間達は舌を巻く。そう言ったプログラムさえ与えてしまえば、アンドロイドの技術とは果てしないものなのか――それを改めて思い知る事となる。 「――皆さん、喜んで頂けたでしょうか?」 拍手の中、黒髪の青年が壇上へと戻ってきていた。彼は微笑みを浮かべ柔らかな物腰で、観客達にそう呼びかける。彼のその態度には、拍手が応えていた。それに彼は頷き、壇上のアンドロイドを手で指し示すと、彼女は深々と一礼した。拍手の音量が更に増す。 全員が笑顔を浮かべている。そんな観客達を目前にし、青年は笑った。両手を胸の前で合わせる。彼自身も数度手を打ち鳴らし、拍手してみせた。 「宜しければ、僕達をサポートして下さった方に対しても、拍手をお願いします」 彼は拍手しつつ観客達にそう呼びかけた。そして観客達もそれに応える。――仮にもコンサートなのだ。こじんまりとしたものであっても、裏方スタッフでも居るのだろう。彼の言動をそう解釈した観客が殆どだった。 彼は拍手しつつ、部屋の奥にある扉を見た。その仕草に観客達も釣られてその方角を見る。すると、拍手に導かれるように、その扉がゆっくりと開いて行った。どうやら誰かが出てくるようで、それを迎えるべく拍手が増した。 が、不意にどよめきが起こった。戸惑うような声が上がり、拍手がまばらになる。扉から遠い側の席に着いている人々はなかなかその様子を見る事が出来なかったが、身を乗り出したりしてどうにか確認してゆく。 今やホールには訝しげな声が複数、呟くような声ではあるが確実に聴こえる音量で伝わってきていた。拍手して熱狂していた観客達の熱が醒めて行く。しかし彼らの視線はその扉からは外される事はない。 その開き切った扉の前では、白髪交じりのグレーの髪を持つ初老の音楽家が深く頭を下げていた。その手にはバイオリンと弓が握られている。そして観客達にとって、その音楽家こそは正に先日のコンサートにて、苦い思いをさせてくれた人物だったのだ。 その時、バイオリンを手にしたままの壇上の女性が一歩進み出て来ていた。その扉の方に身体を向け、一礼する。 「一之瀬カズネ様。私の代わりに演奏をして下さいまして、ありがとうございました」 その静かで落ち着いた言葉がホールに響き渡った時、人々の戸惑いは最高潮に達していた。 |