楽園と呼ばれる人工島に隣接するアイランドは、人工島住民にとってはリゾート地でもある。
 その商業区画は滞在者の生活のために存在しているために人工島のそれとは違って鄙びた印象を与えるが、それでも日曜である今日は人通りでかなり賑わっていた。介助施設などを訪問した家族やコテージを始めとした別荘区画に滞在する人間達がそれぞれに買い出しに出向いているらしい。波留達と似たような立場の人間はたくさん居た。
 ひとます今日明日の食事を用意するだけの食材の買い出しのために、ホロンを市場に行かせた波留は、ミナモと共にまずこの区画にも居ると言われた被害者の元を訪れていた。
 カテゴリとしては単なる見物人と言う事になり、全く健康であったはずの人物である。その事情を色々と尋ねてみる事にしたのだが、やはり被害者の共通点は見出せないままに終わっていた。手詰まりも良い所であり、やはりメタルからの調査も視野に入れるべきだと思われた。
 それから波留は、自らの着替えを買いに行く事にする。とりあえずミナモを伴ってメインストリートを歩き、ある店舗を指し示した。
 そこは通りに面した壁面はガラス状にはなっているが、ショーウィンドーとしては使われていない。店舗内には棚が並びハンガーが置かれている。その中には若い男性客が数名居て、各々にジーンズなどを手に取って選別している様子が外からも伺えた。
「――少し寄って行っても構いませんか?」
 店舗の前に立ち、波留はミナモにそう告げる。彼の前にあるガラス面が、微かな起動音を立ててゆっくりと開いて行った。自動ドアとしての機能を発揮したようである。一般的な個人店舗の構造だった。
 彼が店の中に一歩足を踏み入れると、先客の一部が気を引かれたように顔を上げた。黒髪の青年を見やる。しかしすぐに興味を失ったように、自らが持つ商品へと視線を落とした。どうやら波留が入ってきても全く違和感がない店であるようだった。
「――いらっしゃいませ。何かお探しで?」
 その奥からぶっきらぼうな声がする。言葉遣いは微妙に丁寧さを保とうとしているが口振りがついてきていない。
 若い男性店主がそこに立っていた。ラフな服装ではあるが店に置かれている商品をきちんと着こなしている。
「ええ、少し服が欲しくて」
 波留はその店主に対して微笑んで応対していた。棚に目をやり、自分のサイズに合いそうな札が挿されている場所に並べられているジーンズを手に取る。
 そんな彼を店主はじろじろと無遠慮に見る。全身にくまなく視線を送り、シャツのハンガーの前に立った。
「えーと、あんたなら…」
 波留とシャツ類を交互に見比べるつつも彼はハンガーをがさがさと掻き分ける。何か良さそうなものを探し当てようとしていた。
「――ん?」
 ふと、気付いたように声を上げる。振り向き、波留に視線をやった。今回は上の方を見ている。衣服をコーディネイトするにはあまり関係なさそうな、その顔に視線を送っていた。
 波留の顔をしばし見つめた後、彼は右手で拳を作って左手にぽんと軽く叩き付けていた。合点が行ったと言わんばかりの表情を浮かべている。
「あー…あんたもしかして、メタル停まった時に買い物しに来た、電理研関係者か?」
「…覚えて下さっていたのですか」
 それは、波留にとって意外な展開だった。それが言動にも表れている。波留がこの店を訪れたのは、店主の記憶を頼った訳ではない。7月末のあの日に利用した店であり、アイランドで唯一馴染みとなった店だからである。
 彼は、衣服については新規開拓の野心を燃やす程に拘りを持っていない。50年前の若い頃において、背丈の割に微妙に筋肉質な体格であるために、自分に合うサイズを選び出すのがまず面倒と言う生活を送ってきたからである。服の意匠は二の次だった。
 波留にとって、前回ここで購入した衣服は可もなく不可もなくとの印象で、自らにも良く似合っていると思っていた。だから特に不満も感じておらず、今回もこの店で選べばいいと判断したのだ。
「一応客商売だからな。それに、あんたインパクトあり過ぎ」
 若者店主は、にやりと笑って波留にそんな事を言っていた。
 言われた方は苦笑する他ない。確かに決済出来ない状況下に買い物しに来た上に、電理研関係者だから後で決済させてくれと頼んだのだ。その図々しさのインパクトは絶大だろう――今となっては、そう思ってしまうのだ。
「あんた、電理研のダイバーだっけ?やっぱスーマラン似合ってんなー」
 店主はそんな事を言いつつも、波留をじろじろと見ている。波留としては、それは客商売の所業ではないような気もする。
 しかしダイバー御用達であるスーマランを遠目から見ただけで言い当てるとは、この店主は目敏いなとも思う。海がレジャーであるアイランドに住んでいればサングラスは馴染みのアイテムとなるのだろうし、スーマランはプレミアがついたサングラスの中でも知られたブランド名である。それはブティック経営者としての常識の範囲でもあるのだろう。
「それ、良く見付かったな。高かっただろ?」
「ええ…そうでしたっけ」
 波留は苦笑いで誤魔化していた。これは本当に50年前に彼自身が購入したものである。確かにデザインは気に入っているし、何より実用的だった。だが、現代の人々にアンティークとしての価値を挙げ連ねられても、彼には全く実感が沸かなかった。
「――で」
 そこで、店主は言葉を切った。にやりとした笑みを深める。波留の方を向いたまま、右手を挙げて親指を立て、それで後ろを指し示して見せた。
「あそこで待ってるのって、彼女?」
 その時、波留は一体何を言われているのか、全く判らなかった。店主の親指の先を視線で追う。怪訝そうに送った視線の向こうにはガラス状の壁面がある。
 その、通りに面した向こう側には、人工島中学校の制服を纏った少女が立っていた。トートバッグの紐を肩に掛け、時折店内を覗き込むようにして見ている。しかし店内の客がたまに視線をガラス面側に向けた時には、彼女はすぐに視線を逸らしていた。無遠慮に眺め続けるような事はしない。
 それはともかく、波留は自らの視界が捉えた光景を把握した。そして店主の台詞の内容を咀嚼する。その間、たっぷり数秒の間を要していた。
「………はい?」
 しばしの沈黙の後、波留はそんな声を発していた。それ以外の何も言えない。大体、店主は何故そんな事を言い出すのかも、理解不能だった。
 波留の表情を見て、店主は吹き出していた。口許に右手を当てた挙句に腹部に左手を当てて身体を折り曲げても見せる。肩を揺らし、声を上げて笑っていた。
「あんた、速攻で否定しないのか。あの子、制服見るに中学生だろ?やべえじゃん」
「え、いや、そうではなく」
 大爆笑と言っても差し支えがない態度を客に対して表明している店主に、波留はしどろもどろに言葉を連ねる。
 そんな声は自動ドアが閉じた状態では店舗外には伝わらないらしく、ミナモはガラス越しに不思議そうな顔を浮かべていた。
 
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